【語る 罪と更生】(4)奈良女子大学名誉教授 浜田寿美男さん

 「どう言うてええか分からへん」。目撃者として証言台に立たされた少女は、こう言って泣きじゃくり法廷を飛び出していった。30年前、特別弁護人という立場で関わった甲山(かぶとやま)事件の刑事裁判。供述調書のおかしさや取り調べの問題に向き合うきっかけになった。

 事件は1974年に起きた。兵庫県の知的障害児施設で園児2人の遺体が見つかった。保育士だった女性が逮捕され、21年もの裁判を経て無罪が確定した。

 「知的障害のある園児5人の目撃証言が検察側の証拠の柱でした。供述調書を見たら、あり得ないって思った。調書は1人20通ずつ。最初は5人ともバラバラのことを言っているのに、最後には見事に一致しているのですから」

 非公開でなされた園児の証人尋問は、冒頭の少女から始まった。1日で5人全員を終える予定は大きく狂った。

 「1日かけても、事件を目撃したという調書通りの話は出ませんでした。少女が法廷を飛び出すたびに中断して。調書との落差は歴然でした」

 次の法廷で、少女は目撃したと一転する。でも他の4人の証言も調書と異なる部分が多く、5人の尋問だけで17回、約2年を費やした。神戸地裁は85年、園児の証言は信用できないと女性に無罪を言い渡す。99年に確定した大阪高裁判決はこう断じた。「園児の目撃証言は、警察官の暗示・誘導による」-。

 「園児への聴取は、親などが立ち会ったことになっていました。でも実際は親は仕事に行っていても、調書に署名だけをすればよい形式的なものだった。警察官が園児に『見たはず』という先入観で聞き、無意識に誘導した。証言を録音・録画(可視化)していれば、裁判も長引かずにすんだと思います」

 最高検は昨年、迎合しやすい知的障害者の調べや捜査を見直す専門委員会を設けた。可視化に加え、立会人を付けることも試みる。

 「評価はします。ただ可視化は容疑者・被告だけでなく目撃者や被害者もやらないと甲山事件と同じことが起こります。言葉にこだわりがある障害者は多い。立会人は本人をよく知り、言葉遣いも把握していないと務まらない。ただの付き添いではないのです」

 「可視化しても、捜査員は法律用語を使って障害者は理解できないまま調べが進む-。今でもこんなことがある。理解できているか、映像で分析する仕組みも必要です」

 障害のあるなしを問わず、犯人でないのに罪を認める「うその自白」で冤罪(えんざい)は生まれる。

 「捜査員が犯人だと思い込んで調べ、否認しても聞いてもらえないなら追い込まれます。取調室は非日常の世界。しつこく聞くだけでも圧力になる。あきらめ、逃れたくなって犯人を演じてしまうのです」

 「多くの調書は、捜査側に都合のよい部分を書き、調べの全部は記録しません。調書に本人の署名、押印があれば、裁判官は真実だと信じがち。自白に至る過程の不自然さに注目すれば、うその自白は見破れる。裁判官の意識改革もまだまだです」

 最高検が昨年掲げた検察の理念。無実の者を罰しない、真実の供述が得られるよう努める-とうたう。

 「大事なのは、無実の可能性を意識した取り調べを徹底できるかです。捜査も裁判も間違いはある。内部の検証でお茶を濁さず、中立的な第三者委員会で冤罪事件を検証するところから改革は始まるのではないでしょうか」 (久保田かおり)

    ×      ×

 ▼はまだ・すみお 1947年生まれ。京都大学文学研究科博士課程単位取得後退学。専門は発達心理学、法心理学。花園大教授、奈良女子大教授を務め2010年退職。子どもの発達理論や心の読み取り方を研究する一方、多くの冤罪事件で、うその自白をする過程を分析してきた。「自白の研究」「自白が無罪を証明する」など著書多数。京都市在住。

=2012/06/24付 西日本新聞朝刊=

PR

連載 アクセスランキング

PR

注目のテーマ