【刑のかたち】(6) 心をほぐすことから 医療刑務所

 「お金あげるから、もう万引はやめてね」。スーパーに行こうとするたびに母は悲しい顔になった。パートで得た、なけなしの生活費から五千円札をくれた。

 悪いことだとは分かっていても、やめられなかった。パンやチョコレートを手提げ袋に入れ、レジを通らず店を出た。

 食べても全部、もどしてしまう。それも分かっていたけれど-。

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 北九州医療刑務所(北九州市小倉南区)に服役中のカノウサチ(30)は摂食障害と闘っている。

 「最初はダイエットのつもりでした」。中学2年から拒食と過食を繰り返した。体重が28キロに落ちたこともある。

 万引で5回捕まったときは過食の状態だった。母と2人暮らし。仕事を辞めて引きこもっていた。50万円ほどの貯金はお菓子やアイスに消えた。お金が底をつくと不安になる。母からもらったお札が財布に入っていても「足りるかどうか怖くなった」。1年前、チョコやダイエット甘味料を盗んだことで執行猶予が取り消された。

 いまは規則正しく食事も取れる。摂食障害は、中枢性摂食異常症という難病だ。でも「病気の人がみんな万引するわけではない。許されることではないですよね」。カノウはようやく自分を見つめ直し始めた。

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 摂食障害の女子受刑者は全国的に増えている。「命に関わる問題。家族には生きた体で帰してあげたい」。北九州医療刑務所の刑務官、福原七重(38)はこれまでも、体重25キロでも病気だと認識できないような受刑者たちと向き合ってきた。

 「あの子、みそ汁のモヤシが1本多い」。居室では食事の取り分けで争いになる。シャンプーの容器にジュースを隠す。料理の本に本物のハンバーグが挟まっていたこともあった。後で欲しくなるからと、食べずに取っておくのだという。

 畳のへりが「よく見るとごつごつしていた」こともある。塗り付けられた嘔吐(おうと)物がからからに乾いていた。「常識では考え付かないような隠し方をしますから」

 摂食障害の主な受け入れ先はこれまで八王子医療刑務所(東京)だけだった。北九州もこれから重点施設になる。

 精神疾患のある受刑者の単独室は、トイレにもレバーなどの突起物はない。天井にカメラ。自殺を防ぐためだ。手洗い場の排水溝もすぐには流れない。「吐いたものをこっそり流さないように」

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 統合失調症、薬物中毒、発達障害…。医療刑務所にはさまざまな受刑者が移送される。「天下二刀流」。北九州医療刑務所の本年度の職員スローガンだ。刑務官として厳しく接する一方、ときに介護者のように優しく寄り添い、心を解きほぐす。

 刑務官として30年の総務部長運天(うんてん)先伸(さきのぶ)(53)は4月に着任して驚いた。受刑者との私語を良しとはしない一般の刑務所とは百八十度違った。「ここでは心のキャッチボールが必要なんです」

 芝生や草花、背の高い樹木も植えられている。一般の刑務所では防犯上あり得ない。気持ちを和ませるためだ。

 「病気を治してもらわないと、罪と向き合う力もない」。福原はそう実感している。

 チリン、チリン-。

 受刑者の作った陶器の風鈴が風に揺れていた。(敬称略、受刑者は仮名)

 ▼刑務所と医療 医療刑務所は全国に4施設あり、一般の刑務所では処遇できない精神疾患などの人が入所する。一般刑務所でも常勤医師が配置されているが定員割れが続いている。全国の刑事施設(刑務所、少年刑務所、拘置所)の常勤医師は2012年4月現在187人で定員の8割。10年以降減少を続け、11年は欠員のうち4分の1強を九州が占めた。各施設は地域の開業医を非常勤として雇うなどして対応している。民間よりも報酬が少ないことなどが医師不足の要因とされる。

=2012/10/24付 西日本新聞朝刊=
 

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