【刑のかたち】(7) 失望と期待に揺れる 長期収容

 更けゆく夜の熊本刑務所(熊本市中央区)の廊下を、刑務官が靴音を立てぬように歩いていく。居室に目を凝らす。心がざわめく。夜勤の責任者となって4年の福岡成幸(49)は、これまで「最悪の事態」に2度遭遇しかけた。

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 受刑者の自殺である。「一番怖い」と福岡。命を絶とうとした2人を後輩が見つけた。1人は通気口から首をつり、1人は口にビニールを詰めて窒息しかかっていた。

 刑に服するのが10年以上の累犯を収容する熊本刑務所。無期懲役が2割を超え、暴力団関係者は半数。命令に歯向かう者がいる。一方で、先が見えない不安に押しつぶされる者、家族や大切な人の死を知り動揺する者がいる。「一瞬で不安定になる」(福岡)。刑務官の緊張は絶えない。

 木工作業の11工場で、担当刑務官の溝田智大(38)が言った。「次は卓球大会。気持ちを切らさんように」

 長期刑は共に生活する年月が長く、受刑者同士のいさかいが多い。「好かん」「いじめられとる」。担当は部屋割りに気を配り、相談に乗るが、全ての要求は聞けない。春はソフトボール、秋は運動会、晩秋は卓球…。行事や作業で目標を持たせ、不満がたまらないようにする。

 1998年から初犯の長期刑を受け入れる大分刑務所(大分市)。「眠れない」と受刑者が次々と睡眠薬を求め、薬がまん延した時期があった。正しく服用しないことで落ち着きがなくなり、職員は疲弊した。「一度荒れると、収めるのは倍の時間がかかる」

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 福岡は熊本刑務所に来て20年になる。無期懲役の受刑者が老けたと感じる。なじみの顔に声を掛ける。「おう、頑張っとるか」。「頑張ってますっ」。白髪頭から弾んだ声が返ってくる。

 無期懲役の受刑者は全国で増え、高齢化している。熊本は70代以上が50人近い。厳罰化に加え、仮釈放の判断が厳しくなってきた。熊本では年に1人認められるかどうかだ。

 だから仮釈放の知らせはすぐに所内をめぐる。「〇〇さん、出たらしいっすね」「自分はまだですか」。口々に聞いてくる。福岡は力を込めて返す。「いつか出られるかもしらんけん、頑張れ」

 大分刑務所のベテラン刑務官の思いは、少し違う。頑張れとは言えない。「慌てるな、焦るなよ」と伝える。仮釈放の光は小さく遠いからだ。

 40年近く服役するシノザキ(69)はしみじみと語る。「被害者のことを思えば、生かされているだけでありがたい」

 よわいを重ね、反省を深める者がいる。刑務官の気持ちも揺れる。

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 ピーッ。心電図の電子音が響いた。受刑者の臨終。悪性腫瘍に侵されていた。「もう少し、生きたかったろうに」。立ち会った刑務官はその光景が頭から離れない。

 獄死。塀の中での最期は珍しくなくなった。福岡はこのところ毎年みとっている。横柄な態度でいかつかった顔が、いつしか丸くなっていたこともある。「一人一人違う。一言ではとても…」

 遺体は引き取り手に返される。迎えがなければ刑務所が葬式をする。ごく小さな部屋で。幹部や担当刑務官が手を合わせて荼毘(だび)に付す。(敬称略、受刑者は仮名)

 ▼無期懲役と仮釈放 無期懲役が確定した人は1998年まで年に20~50人だったが、2003~06年は100人を超え、近年は40~80人。刑の執行開始から10年を経過し、罪を悔いる気持ちなどがあれば仮釈放できる。ただ仮釈放者は1975年の105人をピークに減り、93年以降は十人台~1桁にとどまる。2003年以降は刑の執行期間が20年以下で認められた例はなく「事実上の終身刑」との指摘もある。服役中の無期懲役囚は増え続け、11年末は1812人と02年末の1.6倍。

=2012/10/25付 西日本新聞朝刊= 

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