【刑のかたち】(8) 手を振り払われても 出所時調整

 介護スタッフに付き添われ、車いすのまま迎えの車に乗り込んだ70代のサイトウ。体にまひがある。「お世話になりました」。ある施設が引き受け手となり、福岡刑務所から仮釈放となった。刑務官浜田康秀(49)は胸をなで下ろした。「なんとかなった」

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 サイトウは別の刑務所で服役中に脳の病気で倒れた。医療刑務所に次いで医療が充実している福岡刑務所に移送されたとき、満期まで4カ月に迫っていた。

 ほぼ寝たきり。おむつの交換もしてもらわないといけない。なのに「孫正義の親戚だ」とうそぶき、職員の言うことを聞かない。

 社会で自活することが難しい高齢者や障害者を受刑中から支援し、出所後の行き先を確保する特別調整のしくみが始まったのは2009年。帰る場所がなく、罪を繰り返す人が救われてきた。

 サイトウも医療や福祉の助けがないと社会で暮らせない。だが高齢、病気、態度が悪い…と幾重にも問題を抱えた人は特別調整の対象にならないことが多い。受け入れる施設は少なく、調整に時間がかかる上に、仲介する都道府県の地域生活定着支援センターは人手不足だからだ。

 「刑務所として独自に手当てをするしかなかった」と浜田。刑務所の社会福祉士と協力して行き先を探した。

 サイトウのように、特別調整という網からもこぼれる受刑者は少なくない。高齢に加え、精神疾患や覚せい剤中毒、重度の肝炎が合わさる人もいる。「(出所後に)病院や施設に行っても騒いで迷惑を掛ける。理解してもらってなんとか受け入れていただく。すごい手間です」と浜田は言う。

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 社会資本整備(PFI)方式の刑務所も同じ悩みを抱えている。高齢者や障害者の「特化ユニット」がある喜連川(きつれがわ)社会復帰促進センター(栃木県さくら市)。

 規律違反ばかりする統合失調症の男がいた。病気を理由に地域定着センターの協力は得られず、引受先が見つからずに満期まで1カ月を切った。

 「このまま出せば、また刑務所に戻ってくる」。共同運営する民間企業の社会福祉士キタノサキ(29)が動いた。知り合いを通して、引き受けてくれる県外の施設を見つけた。

 迎えた出所の日。キタノは刑務官とともに男と車に揺られ、施設に送り届けた。満期出所者が塀を出たあと、同行する権限も義務も刑務所にはない。でも、薬を大量に飲んだこともある男だ。「施設にたどり着けるかさえ不安」と特別に車を手配した。

 キタノは言う。「これぐらいしないと、受け入れてくれる所はないのです」

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 「面接でいくら説得しても、嫌だっていう人はいます」。1割が高齢者という大分刑務所の幹部は嘆く。特別調整は本人の同意が前提だ。「縛られたくない」と拒めば手出しはできず、何の支援もないままの満期出所となってしまう。

 福岡刑務所にいた30代の知的障害の男もそうだった。服役は6回目。社会福祉士が面接を重ねても「出たら自由に暮らしたい」と言った。手を差し伸べても振り払われる。

 「何とも言えない、無力感があります」

 こんなやり切れない見送りは、浜田にとっても一度や二度ではない。 (敬称略、片仮名は仮名)

 ▼特別調整制度 刑務所や少年院の入所者のうち、帰る場所のない65歳以上もしくは障害のある人が対象。刑務所の社会福祉士などから連絡を受けた保護観察所が対象者を選び、都道府県に原則1カ所ずつある地域生活定着支援センターと連携して出所前に受け入れ先を探す。法務省の調査では2009年4月~12年3月、対象者879人(高齢473人、知的障害273人など)のうち408人(46%)の調整ができた。各支援センターの職員は4人ほどと少なく、国は12年度から体制を強化した。

=2012/10/26付 西日本新聞朝刊=

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