キャバレー編<128>祖国 貧しい子どものために

「子どもたちのために」と話すエマ 拡大

「子どもたちのために」と話すエマ

 福岡市中央区春吉のミュージックバー「エムコール」で、ママのエマ・コルデロはオリジナル曲「愛をあげたい」を歌い始めた。昨年、自分のレーベルからCDとしてリリースしている。

 〈世界中のストリートチルドレン 恵まれない子どもたちを助けてあげないと…〉

 フィリピンのマニラに生まれ、エマは7歳でプロデビューし、ビッグバンドのシンガーとしてホテルのクラブやコンサートホールなどでジャズやバラードなどを歌っていた。14歳でLPレコードも出している。

 エマは「福岡は本当に住みやすい」という。その福岡にマニラから初めて来たのは1989年である。キャバレー「ミナミ」からの誘い、引き抜きだった。

 バックダンサー5人、コーラス2人も一緒に来た。日本語はわからなかった。

 「笑顔でただ『はいはい』と言ってたね。リクエストにも食事の誘いにも『はいはい』。最初のころは小さなトラブルもありました」

 困ったのは日本語の曲を歌えなかったことだ。得意な英語の曲で通していたが、客から演歌のリクエストもあった。バンマスの宮島清二(80)が昼間、猛特訓することになった。

 「歌詞は楽譜の下にローマ字で書いてもらいました。演歌のこぶしはどうしても無理。私流で八代亜紀の『舟唄』などを歌ってました」

 エマは95年に「ミナミ」が店を閉じるまでマイクをずっと握っていた。

    ×   ×

 「ミナミ」の後もシンガーとして活動し、ミュージックバーを開いたのは約2年前だ。

 「自分が歌いたいときに歌えるし、昼間はボイストレーニングやカラオケ教室としても使えると思った」

 「愛をあげたい」の歌詞でもわかるように、エマは歌の活動はある意味、祖国の貧しい子どもたちのためでもある。現在、エマは4人の里親でもある。マニラには私財を投じて幼稚園・小学校を設立して子どもたちに学ぶ場を提供している。

 「そこを卒業した生徒の中には今はその小学校で教師として教えている人もいます」

 今年6月には東日本大震災の被災者支援コンサートを福岡市内で開き、収益金を寄付した。歌による社会貢献を常に考えて生きてきた。

 店では毎週土曜日がライブだ。今月28日には宮島などキャバレー時代のバンド仲間と一緒に、ライブを開く。そこでも、エマは「愛をあげたい」も歌う。

 =敬称略

 (田代俊一郎)

=2012/09/04付 西日本新聞夕刊=

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