【平和教育を考える】戦争なぜ語らない、語れないか 聞く姿勢も問われる

子どもたちと一緒に作る本紙の紙面「もの知りタイムズ」では3月、戦後70年企画として、祖父母たちの戦争体験を孫が聞き取った。その中にも「おばあちゃんの冷蔵庫」が登場する 拡大

子どもたちと一緒に作る本紙の紙面「もの知りタイムズ」では3月、戦後70年企画として、祖父母たちの戦争体験を孫が聞き取った。その中にも「おばあちゃんの冷蔵庫」が登場する

 戦争体験の継承をめぐっては、「親から子へ」より、むしろ「祖父母から孫へ」のひと世代越えの伝達が目立つ、という話を前回書いた。では、孫たちはどんなとき、「戦争」を考え始めるのだろう。

 その入り口の一つとして、例えば「冷蔵庫」がある。祖父母宅に帰省し、冷蔵庫を開けると、食べ残した焼き魚などが入っている。豊かな時代に育つ孫たちは、それを不思議に思う。だが、何かのきっかけで空襲や引き揚げなどの話になったとき、孫たちはその意味にはっと気付く。「捨てられない」の背景にある「戦争の痛み」を。

 コミュニケーション学を研究する宮原哲西南学院大教授(59)が、父から戦争体験を聞いたのも、盆や正月、みんなでケーキを食べているような場面だった。「あの時代、甘い物なんてなくてね」。そして、旧満州(中国東北部)から引き揚げ後、病没した姉の話になったという。

 家々の何げない身辺に、戦争を考える入り口があることを伝えている。

 ☆ ☆ 

 宮原さんの父は、旧日本陸軍の航空兵として朝鮮半島で訓練中、終戦を迎えた。戦争が長引けば、特攻隊員になっていたかもしれない。だが、宮原さんら子どもたちは、上手に聞いてあげられなかった。

 「『聞く』と『話す』はコインの裏表。聞こうとする姿勢があって初めて、相手は話せるし、話そうとする」。父はもっと話したかっただろう。「実は…」の続きがあったのかもしれない。それを宮原さんら聞く側の姿勢が、封じてしまったという。

 父の側にも「おまえたち、聞け」の上から目線や、「親子なんだから、あうんの呼吸で察すべきだ」との姿勢がうかがえ、親子間で戦争体験はうまく伝わらなかった。

 「戦争証言は、深い所にある感情の自己開示。それを引き出すためには、聞き方のマナーやルール、エチケットがある。話すための順番(段階)、機が熟すタイミングもある」

 戦争体験の継承には、家族間や世代間の歩み寄り、関係の結び直しが求められるのだろう。聞く側と話す側、双方の姿勢が問われている。宮原さんは自戒を込めて、そんな話をした。

 ☆ ☆ 

 戦争とは何だったのか、体験者の痛みを理解するとは、どういうことか。

 哲学者の鷲田清一さんは、エッセー集「大事なものは見えにくい」でこんなことをつづっている。

 〈理解するとは、合意とか合一といった実質をともなうものではなく、分からないままに身をさらしあうプロセスなのではないかとおもえてくる。一致よりも不一致、それを思い知ることこそが、理解において重要な意味をもつ、と〉(ひとを理解するということ、というタイトルで)

 うんうん、その戦争の痛み、よく分かる。証言者の側に立ち、聞く側は寄り添っているつもりかもしれない。だが、証言者からすれば、重い体験であるほど、「そんなに簡単に分かってたまるか」との思いもあるだろう。聞く側には「それは、そのまま、聞かないでそっとしておくしかない」との遠慮も生じる。

 平和教育の前提となる、体験や証言からの学びの難しさがそこにある。「よく分からない」と感じることが、大切な一歩なのかもしれない。

 容易には語れない、理解できない戦争体験。だが、体験者にしか語れない、次代への伝言をちゃんと聞いておきたい。戦後70年の節目は、そんな時代の曲がり角であり、試練でもある。


=2015/05/05付 西日本新聞朝刊=

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