ホームホスピス全国研修会 熊本 「終末」暮らしの中で 地域と関係づくりを

「暮らしの中で“死にゆく”こと」をテーマに開かれたシンポジウム 拡大

「暮らしの中で“死にゆく”こと」をテーマに開かれたシンポジウム

 がんや認知症などの病気で余命少ない人が、家庭的な雰囲気の民家で暮らしつつ穏やかに死を迎える「ホームホスピス」。全国に広がりつつあるこの活動に熊本市で取り組むNPO法人「老いと病の文化研究所われもこう」(代表=竹熊千晶・熊本保健科学大学教授)が11月、同市と熊本県高森町で、全国合同研修会「暮らしの中で“死にゆく”こと」を開いた。運営や課題について話し合った2日間にわたる論議を基に、人生の最期を迎えるための暮らしを考えた。

 ホームホスピスの草分けは、2004年に「かあさんの家」を始めたNPO法人ホームホスピス宮崎(宮崎市)。研究会ではパネル討論があり、その宮崎市をはじめ、熊本市や福岡県久留米市、関西などで運営に携わる関係者が参加。医師の中村仁一さんら専門家なども交え、活動の実態や課題を話し合った。

 各地の活動をすべて調査したという国際医療福祉大学大学院(東京)の高橋紘士教授は、ホームホスピスを「病院や施設に限られている人生の終末の場を、みんなが暮らす地域に取り戻す文化運動」と位置付ける。中村さんは「患者の暮らしを介護者が支え、医療者は脇役として存在していることが大きい」と評価した。

 ホームホスピスわれもこうの利用者の家族は「病院や施設と違い、料理を作る匂いがし、笑い声が聞こえる。自宅のような雰囲気がいい」。NPO法人神戸なごみの家(神戸市)の松本京子理事長は、混乱しがちな認知症の人が生活するうちに落ち着きを取り戻し、不安がる新しい入居者を励ましていたことを紹介。「ドラマはそこに暮らす人がつくっている。生きる力を発揮する姿に触れるからやっていける」と話した。

 ただ、運営費の捻出にはどこも苦労している。国にホームホスピスの制度や仕組みがあるわけではなく、貧困ビジネスなどの参入が懸念される状況もある。高橋教授は「地域に開かれ、地域の人と関わりあうことが大事」などと述べ、運営の質を管理するシステムを検討する必要性を強調。同時に行政の支援も求めた。

 会場では、ホームホスピスに取り組みたいという福祉関係者も多数聴講した。NPO法人ホームホスピス宮崎の市原美穂理事長は「地域で医療や他職種の人と顔の見える関係をつくるなど、地域の畑を耕して」とエールを送った。

 初めてホームホスピスの現場を視察した厚生労働省の唐沢剛政策統括官(社会保障担当)は「21世紀はコミュニティーを取り戻す時代。ビジネスモデル的なサービスではない、コミュニティーに根差した活動をどう支援すればいいか。ホームホスピスがその希望の芽となってほしい」と期待を寄せた。

 ●死を視野に生きる

 ▼〈基調講演〉中村仁一さん 「大往生したけりゃ医療とかかわるな」著者

 研修会では、京都市の老人ホーム「同和園」付属診療所長で『大往生したけりゃ医療とかかわるな』(幻冬舎新書)を執筆した中村仁一さんが「『自然死』のすすめ」と題して基調講演した。要旨は次の通り。

 医療も介護も穏やかな死の邪魔をしている-というのが私の実感だ。病気やけがは医者や薬が治すと錯覚している人が多い。主役は本人の自然治癒力で、医療はお助けするだけ。医療の目標は、良くなる見通しがあるときに回復させることと、生活の質(QOL)を向上させること。死は自然なことであり、死にゆく人間に無用な苦痛を与えないのが医療と介護の鉄則だ。

 年寄りはどこか具合が悪いもの。「老い」を「病」にすり替えてはいけない。闘病ではなく、上手に病と付き合うこと。死を視野に入れ一日一日をきちんと生きる。余命半年なら、何をしたいか書き出して全部やる。生前葬で人生を振り返る。棺おけに入ってみてもいい。それで整理がつく。

 年寄りには最期の役割がある。自分が死にゆく姿を見せて、みとる人に死を怖がらなくてもいいと分からせることだ。

    ×      ×

 【ワードBOX】ホームホスピス

 空き家を活用して重篤な病の患者5人程度を住まわせ、介護福祉士や保健師、
看護師らが医師と連携しながら24時間態勢でケアし、普通の暮らしの中で自然な死を迎えてもらう施設。入所に年齢制限はない。スタッフも共に暮らして疑似家族を形成し、自宅に居るように安らげる施設を目指す。宮崎市が発祥の地で、九州では熊本市、福岡県久留米市などに施設がある。

=2012/12/20付 西日本新聞朝刊=

PR

PR

注目のテーマ