原爆と原発 風化させない 福島の被災者と長崎の高校生論議

東日本大震災の被災者を招いたパネル討論。高校生平和大使も活発に発言した=2月10日、長崎市 拡大

東日本大震災の被災者を招いたパネル討論。高校生平和大使も活発に発言した=2月10日、長崎市

■全国民の被害と捉え 教育を通じて後世に

 東日本大震災が引き金となった東京電力福島第1原発事故で、日々の生活に大きな制約を受けている福島県南相馬市の被災者を招いて2月9、10の両日、長崎市で「原爆と原発-障害者も安心して暮らせる社会を目指して」と題したシンポジウムがあった。核兵器廃絶や世界平和を目指して活動する長崎の高校生平和大使3人も参加。その論議は、長崎、広島の平和教育を踏まえて、核の被害を風化させないように取り組みを続けることの重要性を浮かび上がらせた。

 シンポは、障害者が働く小規模作業所・事業所などでつくる「きょうされん」(旧・共同作業所全国連絡会、東京)の九州ブロック学習交流会の中で、特別分科会として開かれた。初日は、高校生平和大使や、その活動を支える長崎県被爆二世教職員の会の平野伸人会長、南相馬市で障害者支援施設を運営するNPO法人さぽーとセンターぴあの青田由幸理事長が講演。2日目は、古賀和夫・きょうされん全国理事の司会でパネル討議をした。

 平野さんは、高校時代に被爆2世の友人が急性白血病で亡くなった体験、2世に対する結婚や就職の差別を説明。また、高校生平和大使の活動が続く理由を「彼らが自分たちの問題として使命感を持っているから」と語った。

 青田さんは、放射能を恐れて室内に閉じこもりがちになって障害が重度化していることや、避難で高齢者・障害者を支える介護職員が不足し、職員が心身ともに疲弊している実態を報告。被ばくした子どもたちや親が「福島出身と分かれば結婚できないのではないか」と不安になっていることを訴えた。

 大震災から2年。遠隔地では被災自体が忘れられがちな現状がある。平和大使の佐藤仁彦さん(18)=高校3年=は「福島や原爆を風化させてはいけない。無関心にならずに、起こったことを伝えていかないと」と強調した。

 平和大使の山口真莉絵さん(18)=同=は、長崎の小中学生が毎年8月9日の登校日に平和学習で放射能や戦争について学んでいること、平和大使として被爆者の話を聞いて核廃絶の思いを伝えている活動などを紹介。「長崎で原爆を次世代に伝えようとしているように、福島で起きた事実をどう伝えるか考えていかなければ」と提案した。

 長崎市では、原爆について学んだ高校生が、訪れる修学旅行生の平和学習に出向いて、被爆者たちの思いを伝えている。平和大使の浦川あかりさん(17)=高校2年=は「私たちは普通の高校生。誰でも活動できることを伝えたい。全国や世界の高校生と連携、行動して平和な世界を目指したい」と力を込めた。

 青田さんは「長崎で幼いころから平和教育を受けているように、東北にも津波教育がある。当事者はいつか亡くなる。教育として後世につなげなければならない」と位置づける。平野さんは「被爆地の長崎市からの訴えを県、国へと広げてきた。原発事故を福島だけの問題ではなく、全国民の被害として捉えるのが大切」と訴えた。古賀さんは高校生同士の交流にとどまらず「それぞれの立場で何をするか。私たちの宿題だ」と総括した。

 進学後、教育学を学ぶ予定という山口さんは、シンポを終えて「長崎には平和教育が、被災地には災害教育があると感じた。長崎の平和教育に限らず、次世代にアプローチしていくと同時に、私自身も一緒に考えていきたい」と感想を語った。

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 【ワードBOX】高校生平和大使

 1998年、核拡散防止条約(NPT)に加盟していないインド、パキスタンが相次いで核実験を強行したことをきっかけに、長崎で始められた平和運動。

 公募に応じた高校生が同年、アメリカ・ニューヨークの国連本部を訪ね、核兵器廃絶と平和な世界の実現を訴えたのを手始めに、毎年、国連など海外に高校生が出向き、訴えや署名活動を続けている。

 2001年からは、自分たちの力で核兵器廃絶を目指す活動をしようと、高校生1万人署名活動も開始。これまで約84万6千人分の署名を集めた。アジア諸国の貧しい子どもたちに学用品や奨学金を贈り、各国の被爆者との交流や、被爆者の証言を収めたDVDの作成・普及活動にも取り組んでいる。

 第15代の平和大使には福島県南相馬市の高校生も就き、計約90人が参加している。

=2013/03/19付 西日本新聞朝刊=

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