TPPと食の安全基準 農薬、成長ホルモン剤 各国違い 輸出国の圧力で変更も

“自給力”の重要性を指摘する磯田宏准教授 拡大

“自給力”の重要性を指摘する磯田宏准教授

 その交渉内容は「秘密」とされ、締結されるまで中身が見えない環太平洋連携協定(TPP)。だが、自由貿易の流れは今に始まったことではない。九州大学大学院農学研究院の磯田宏准教授(農業政策論)は「過去を振り返れば、食料輸入国のわが国では、輸出国からの圧力によって食の安全基準が下げられてきた歴史が見えてくる」という。TPP交渉参加が表明された今、その歴史を振り返ってみよう。

 ■節目は1995年

 「1995年の世界貿易機関(WTO)の発足が、食品行政の大きな節目になった」と磯田さん。その一つが、動植物の検疫や農薬、食品添加物などについて定めた衛生植物検疫措置の適用に関する協定(SPS協定)だ。

 農産物や食品安全の基準が国ごとに違えば、スムーズな交易の障害になる。そこでWTOでは、それまで国連食糧農業機関(FAO)と世界保健機関(WHO)の合同食品規格委員(コーデックス委員会)が設定していたガイドラインを「国際基準」とすることを原則として義務付け「科学的根拠のある各国基準」を例外的に認めた。

 その結果、日本では、世界に合わせる形で残留農薬の基準が緩和された。例えば、有機リン系殺虫剤フェニトロチオン(小麦)が0・5ppmから10ppmに▽発芽抑制除草剤クロルプロファム(ジャガイモ)が0・05ppmから50ppmに-など=表参照。

 ■一律の基準に疑問

 むろん、逆に緩かった日本の基準が厳しくなった事例はある。ただ問題は、果たして各国一律の基準でいいのか、ということ。

 例えばコメの殺虫剤として使うマラチオンの場合、日本の残留基準は0・1ppmなのに対し、米国は80倍の8ppm。コメを主食として食べる日本と、付け合わせとして食べる米国では1人当たりの消費量が違うから、許容量に違いがあるのは当然といえる。

 また米国では、収穫した農産物に農薬をかけて保存性を高める「ポストハーベスト」が認められ、輸入小麦などで使用されている。一方、生産者と消費者が近い日本の農薬取締法と農薬使用基準では、収穫後の農産物は「食品」だから、農薬の使用は想定外。米国では農薬でも、日本では「食品添加物」扱いになり、表示義務が生じる。

 このため、米国が日本に規制緩和などの改善を求めた「日米経済調和対話」や、日本のTPP交渉参加を望む米国アグリビジネス企業のパブリックコメントでは、(1)残留基準は主要生産国(輸出国)の基準を参考にする(2)食品添加物扱いをやめて農薬扱いにする-などと主張している。

 国民の食を守るための基準も、輸出国から見れば、関税ではない貿易障壁、いわゆる「非関税障壁」となる。日本にあって米国にはない遺伝子組み換え食品の表示義務も、そうみなされる可能性は否定できない。

 ■“自給力”の差が

 ただ、世界を見渡せば、全てが輸出国の圧力に屈しているわけではない。欧州連合(EU)は、発がん性や女児の早熟化、乳牛の乳房炎誘発の疑いがあることなどを理由に、米国やカナダで使われている成長ホルモン剤を投与した牛肉の輸入を拒否している。

 輸出国側は、このEUの独自基準を不当としてWTOに提訴。EUは敗訴したものの、輸入禁止を継続したため、輸出国から報復課税を発動された。それでも再度、科学的根拠を提出。報復措置の解除を訴え、WTOで審理されている。

 一方の日本。国内の飼養牛には、成長ホルモン剤の投与を原則として認めていないのに、輸入規制はしていない。

 この違いは何か。

 磯田さんは「EUには確たる牛肉自給率(95%)があるから拒否できる。でも、食料がない国は国民が飢えるからそうはいかない。だから、国内にいつでも自給率を上げられる“自給力”を持つことが大事」と指摘する。

 全ては今後の交渉次第とはいえ、国民の食と健康を守ることは国益の根幹。政府はTPP参加によって、食料自給率はカロリーベースで40%から27%にまで下がるとするが、食料問題には量とともに質の問題もあることを忘れてはなるまい。

=2013/03/27付 西日本新聞朝刊=

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