【聴診記】ALS 響く「よいしょ」

 のどを切開して電動式人工呼吸器を取り付けて延命するのがいいのか。それとも自然に任せて呼吸困難となり、人生を全うした方がいいのか-。筋萎縮性側索硬化症(ALS)を患う福岡市西区の藤田春已さん(61)は厳しい選択を迫られ苦悩した経験がある。

 ALSは全身の筋肉が徐々に痩せて力が入らなくなり、体の機能が奪われていく進行性の難病。原因不明で根本的な治療法はない。

 春已さんの場合、約4年前に右足に力が入らない症状が最初に出た。その後、自分でズボンをはいたり、立って排尿したりすることが難しくなり、呼吸機能の低下にも見舞われた。

 人工呼吸器を付けなければ死を迎えてしまう危機。「死ぬのが怖くてたまらなかったが、人工呼吸器で生き続けることで、家族に迷惑をかけるのも嫌だった」。3人の子は生きてくれることを願った。長年連れ添う妻の京子さん(58)も同じ気持ちだったが、夫は人に迷惑をかけることが嫌いな性格であることも知っていただけに、夫婦で共に悩んだ。そうした中で春已さんは生き続ける決断をし、昨年3月、のどを切開する手術を受けた。

 「よいしょ、よいしょ、よいしょ、よいしょ…」。スタッフたちの明るい声が浴槽のお湯に漬かった春已さんに向けられて響く。訪問入浴介護業者「アサヒサンクリーン在宅介護センター福岡西」(福岡市西区、三輪麻衣子所長)による入浴介助。看護師の福元景子さんを含むスタッフ3人で春已さん宅を訪れ、車で運んできた浴槽を、春已さんの部屋に設置して実施していた。「1・5畳のスペースがあればどんなお宅でもサービスを提供できます」と三輪さんは話す。

 手順はこうだ。看護師が体温や血圧の測定などをして体調をチェック。続いてスタッフたちは服を脱がせて、人工呼吸器が外れないよう細心の注意を払いながら、抱えてベッドから浴槽へ。シャワーをかけて液状せっけんとタオルで体を洗い、洗髪もする。浴槽からベッドへ移動させ、服を着させる。再び体調をチェック-。手際よく丁寧にやって所要約1時間。

 スタッフの田中ゆかりさんは「利用者に声を掛けてリラックスしてもらうよう心掛けています」と語る。「よいしょ」の掛け声は、利用者の背中をタオルでごしごしと洗うタイミングに合わせ、スタッフ全員で唱えているという。「楽しい気分になってもらえれば、との思いで、お嫌じゃない利用者にはやらせていただいています」と三輪さん。実際、春已さんも入浴中、笑顔を見せていた。

 春已さんは人工呼吸器を取り付けた直後から、介護保険や公的医療保険で、訪問診療、訪問入浴介護、訪問看護、訪問リハビリを利用してきた。ALSは介護保険対象の特定疾病で、まだ65歳にならない春已さんも介護サービスを受けられるのだった。今は訪問診療が週1回、訪問看護が週5回、訪問リハビリが週4回、訪問入浴介護が週2回だ。

 訪問入浴介護を頼む以前は、同居する長男の泰弘さん(33)が自宅の風呂場で入浴を介助していた。「人工呼吸器を付けてからは家族による入浴介助は危険で無理。プロの訪問入浴介護は本当に助かる」と話す。

 これらの訪問サービスを利用する今も、京子さんがおむつ交換や着替えを受け持つなど家族の支えは欠かせない。ただ、春已さんが懸念した「家族に迷惑をかける」は、かなり軽減されているようだ。

 春已さんは理容師で、福岡市西区で理髪店「ふじたの床屋」を経営していた。それを約2年前に引き継いだのが泰弘さんで「仕事のことで、今も父にいろいろと相談する。父は私たち家族の支えです」と話す。

 春已さんはベッドでほぼ寝たきりの生活だが、泰弘さんを通じて社会とつながっているのだった。

 そんな事情を知ると「よいしょ、よいしょ」の掛け声は、春已さんだけでなく家族、そして地域にも向けられているように思えた。


=2013/04/05付 西日本新聞朝刊=

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