多様な性 認め合って 同性婚の領事ら 意見交換 在福岡米国領事館がシンポ 日米の事情に違い

日米のパネリストが多様な性への理解を深め合ったシンポジウム。右から2人目がリネハンさん 拡大

日米のパネリストが多様な性への理解を深め合ったシンポジウム。右から2人目がリネハンさん

 ■新訳男女 語り合おう■
 
 ●「ありのままの自分、勇気を持って」
 
 性は多様だ。異性愛だけでなく、同性愛、両性愛、心と体の性が異なる人もいる。米国では、オバマ大統領が同性婚支持を表明するなど、多様な性を認め合う方向へと動き出している。そうした現状への理解を深めようと、在福岡米国領事館は3月、福岡市でシンポジウムを開いた。その様子を報告する。 

 パネリストは、同性婚を公表している大阪・神戸米国総領事のパトリック・リネハンさん(60)とお相手のエマーソン・カネグスケさん(40)、福岡でLGBTを支援する団体の代表者ら。LGBTとは同性愛のレズビアン、ゲイ、両性愛のバイセクシュアル、心と体の性が一致しないトランスジェンダーの頭文字で、こうした人たちを取り巻く日米の現状や子どもの支援の在り方を議論した。

 この中で、リネハンさんは「ハズバンド」と呼ぶカネグスケさんとの関係を紹介した。2002年に東京で出会い、同性婚を認めているカナダに赴任中の07年に結婚。カネグスケさんは歴代総領事夫人が務めてきた名誉職に就き、配偶者として公式行事やパーティーに同席している。

 リネハンさんは一卵性双生児で、うり二つの兄と一緒に育ってきた。「小さいころから兄はストレート(異性愛者)で私はゲイ。どうしてかなんて誰にも分からない。その質問が間違っているのです」と語った。

 米国でも長年、同性愛者への差別が根強かった。ゲイというだけで解雇されることがあり、リネハンさんが任官した1984年当時は職場で公言できなかったという。その後、同性愛者の俳優や作家、政治家が次々と登場し、クリントン政権時代に政府内でも権利が認められ始めたという。

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 「われわれの旅は同性愛者の兄弟姉妹が法の下で平等に扱われるようになるまで終わらない。なぜなら、われわれが本当に生まれながらにして平等ならば、互いへの愛も平等でなければならないからだ」

 今年1月、オバマ大統領は2期目の就任演説で歴代大統領として初めて、同性愛者の権利を取り上げた。

 米国の2010年国勢調査によると、同性カップルは約65万世帯。民間の世論調査では、同性婚を支持する人が1996年は27%だったのに対し、昨年は過去最高の53%に上った。同性婚は2004年に初めてマサチューセッツ州で認められ、現在は9州と首都ワシントンが合法化している。

 ただ、連邦政府は婚姻と認めていない。年金や健康保険が適用されないケースや、国際結婚で永住権が付与されない制限もある。連邦最高裁で3月から、結婚を男女間に限定した法の合憲性を問う審理が始まり、判決が注目される。

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 「日本は米国から約30年遅れている」と指摘したのは、同性愛者で元大阪府議の尾辻かな子さん(38)。米国でLGBTの社会運動が始まったのは1960年代、日本で本格化したのは90年代に入ってからだ。

 LGBTの子を支援する教員の石崎杏理さん(28)は「先生が積極的に差別に加わっている」と教育現場の現状を報告。「おまえと話したら俺もゲイと思われる」と言って生徒を傷つけた例などを紹介し「教員研修や教育委員会による現状把握が大切」と訴えた。

 一方で「少しずつ日本も変わり始めている」とリネハンさん。初来日した88年は「日本に同性愛者はいない」とよく言われたが、今は違う。「Be visible(見える存在になること)が大切。ゲイでも外交官として世界中で活躍している-そんなロールモデル(手本)を若い世代に示したい」と力を込めた。

 そして最後に「LGBTの人々はありのままの自分でいることを尊重し、勇気を持ってほしい。周囲の人はそれを理解しようとしてほしい」と締めくくった。

=2013/04/06付 西日本新聞朝刊=

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