【山っ子たちの春】<中>ひとりも見失わぬよう

自身にとっても最後になった「卒業式」で、校長式辞を述べる中島紀世文さん。「オンリーワンの人生を」と卒業生たちに語り掛けた 拡大

自身にとっても最後になった「卒業式」で、校長式辞を述べる中島紀世文さん。「オンリーワンの人生を」と卒業生たちに語り掛けた

校長室に掲げられている扁額

 「実は校長先生も、皆さんと一緒に小学校を卒業していきます」

 3月にあった曲渕小(福岡市早良区)の卒業式。校長だった中島紀世文さん(60)は老眼鏡を掛け、式辞を淡々と読んでいたが、やがて声が震えた。

 「一番伝えたいこと」として切り出したのは、SMAPの曲〈世界に一つだけの花〉についてだった。

 「日本は昭和の高度経済成長期、他国に負けないよう、ナンバーワンを目指した。モノにあふれた豊かな国になった。でも、本当の豊かさって何だろう?
 大切なものを一つ、また一つ失っていないだろうか。みんなは世界に一人しかいない特別な存在。オンリーワンを目指し、胸を張って生きていってほしい」

 定年を迎え、教師としても最後になる卒業式。人間ドックで腸に5センチのポリープが見つかり、卒業式目前に手術を受けた。万が一を考え、手術前に式辞はパソコンで打ち、校長室の机上に置いていた。

 「この歌は必ず歌い継がれる。あの時、先生が言っていたことは、こういうことだった。そう気付く時が10年、20年先にあれば」

 「勝ち組」と「負け組」、「2番じゃだめなんですか」から「世界一を目指そうじゃありませんか」へ。そんな時代だからこそ、この歌の意味を考えてもらいたかった。

 回り道をして教師になった。大学を卒業後、証券会社に3年間勤務した。飛び込み営業に駆け回り、月間賞も獲得したが、心はすり減るばかりだった。通信教育で教員免許を取得し、初めて教壇に立ったのは29歳だった。

 「宿題をいつも忘れてくる男の子がいてね。国語や算数の点数は低い。家庭訪問すると、悩ましい背景が見えてきたが、いつもニコニコしていて、描く絵に味があった。例えば、多くの子どもが空を青色に塗る。彼にはそんな固定観念がなかった。図工の時間には、そんな彼の感性を主役にして授業を進めた」

 街中の児童数1300人規模の小学校から、10人前後の小呂島(おろのしま)(福岡市西区)の小学校まで計8校に勤務。痛恨の記憶もある。

 「慕ってくれていた女の子から突然、シカト(無視)を受けるようになった。やがて理由が分かった。テストを返却する時、おしゃべりをやめなかったので、つい『おい、○点』と、点数を言ってしまった。人権、人権って言いながら…。女の子には謝りました」

 見抜けなかったいじめもあったはずだ。再三の指導が通じない児童に、思わず平手打ちしたこともあった。「モノづくりであれば、規格品を作ればいい。規格外なら、作り直せばいい。でも、教育はそうじゃない。本気で子どもと向き合うとはどういうことか」。桜の春が訪れるたび、子どもたちと同じように、自身を振り返り、また新たな教室、学校へと向かった。

 タケノコ、イモ掘り、バードウオッチング、清流調査、雪遊び…。曲渕小では地域の協力も得て、五感を育成する多彩な自然体験学習が授業に組み込まれ、児童に人気だ。しかし、単なる「楽しい」だけではなく「学び」「気づき」につなげられているか。

 少人数の複式学級では、あらためて「どの子も切り捨てられない」という思いを強くさせられるが、さらなる授業研究が求められる。過疎、少子化に伴い、地元から入学する児童はここ数年、ゼロが続いており、今後が気掛かりでもある。

 そうした課題を含め、新任の福沢弘一校長(53)に引き継いだ。中島さんは4月から、市こども総合相談センター・えがお館(同市中央区)で、子どもたちの指導に当たる。それぞれの新年度が始まった。

 〈ひとりの子を 見失うとき 教育は その光を失う〉。校長室の壁には達筆の扁額(へんがく)が掛けられている。創立から139年。その経緯はもう分からなくなったが、学校が続く限り、この言葉もまた受け継がれていくはずだ。

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 【ワードBOX】複式学級

 小中学校で2学年合同で編成される学級。曲渕小では、1・2年、3・4年、5・6年の3学級。授業では、クラスを2グループに分けて同時進行する方法と、2年間で一斉授業する方法がある。曲渕小では一斉授業方式が採用され、算数以外の教科で、例えば本来なら4年生で学ぶ社会科を3年生で学ぶなど、カリキュラムの逆転現象が隔年で生じ、指導には工夫が求められる。

=2013/04/09付 西日本新聞朝刊=

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