【おなかの命は…出生前診断】読者の声 本音と建前の間で葛藤 障害者に優しい社会を

 ■こんにちは!あかちゃん 第4部■

 生まれる前の赤ちゃんの障害を調べる出生前診断について、多くの人に考えてもらえたら-。そんな思いを込めて、連載「おなかの命は…」を6回(10~12、18~20日付)にわたって届けてきました。読者の皆さんからも、たくさんの感想や意見、体験談を寄せていただきました。一部を紹介します。

 「出生前診断は、受ける方の考え次第で、本音と建前で苦しむんじゃないでしょうか。私はやはり自分のことしか考えられなかったように思います」。2人の子の母である福岡県内の女性は自らの体験を基に、そうつづってくれた。

 5度の妊娠経験がある。第1子はダウン症だった。心臓などに重い合併症があり、2歳になる前に亡くなった。第2子の時は出生前診断の一つ、羊水検査を受け、先天性異常のない子を出産した。第3子は初期に流産。第4子でも羊水検査を受けて染色体異常がないという診断だったが、第1子と同じ心臓病を伴って生まれた。「羊水検査で分からなかったのかとがくぜんとしました。その後、また妊娠しましたが、もう怖くて産めませんでした」

 彼女の手紙には「障害や病気のある子をもつと肉体的、心理的に、計り知れない苦労がありました。やはり障害のある子などは本当に自分で育ててみないと分からない」ともあった。そして「今でもダウン症の子を見ると、いろんな意味で胸が締め付けられる思い」があるという。

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 3月に長男を出産した20代の女性は、出生前診断について「考えるだけで罪悪感があります」とためらいながらも「検査を受けること、障害児を諦める選択を否定しないでほしい」と訴える。

 共働きで、障害のある子を育てるだけの経済的余裕はない。でも、かかりつけ医に出生前診断の希望を言い出せなかった。「親になる資格がないのでは、と否定的なことを言われるのを恐れた」からだ。

 1歳のダウン症の次男を育てる女性は、周囲にかわいがられる姿を見て「今は次男がいない生活は考えられない」と夫と話している。それでも障害児を2人は育てられないと、次の妊娠では出生前診断を検討する。「出生前診断には
いろんな意見があると思います。でも(おなかの子を)育てるのは親です」

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 一方で、慎重さを求める声も多く寄せられた。

 「社会全体で障害のある子を排除しようとしているように思えてなりません」。昨年、ダウン症の赤ちゃんを産んだ大阪府の女性は危ぶむ。

 特別支援学校高等部3年生のダウン症の長男がいる福岡市の女性は、出産後に障害が分かり、不安で眠れない日もあった。それでも、長男の姉にあたる娘が弟をかわいがる姿に励まされた。「私が社会に求めることは、出生前診断などではなく、障がい児・者、その家族が不安なく暮らせる社会です」と訴える。

 出生前診断で胎児の病気が分かり、中絶を勧められた経験がある福岡都市圏の女性は、迷い悩みながらも産む選択をした。結果、大規模病院で医療のバックアップを受けて出産でき、連載4回目で紹介した永田新医師の「出生前診断の本当の意義は、赤ちゃんを救うこと」という考えに共感したという。「障害のある人が幸せに過ごせ、みんなで見守ってくれる世の中になれば、出生前診断が本当に意味のあるものになっていくのに」と結んだ。

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 「わが子は障害なく生まれてほしい」と願う気持ちと「すべての命は大切なもの」という倫理観-。この二つの思いを、出生前診断は両立させない場合がある。妊娠中である記者の私(32)も葛藤しながら取材し、妊婦生活を送っている。

 私と同じく、初めての妊娠中という福岡県内の女性(32)も、二つの思いの間で揺れる今をつづった。姉に障害があり、結婚時には夫の実家から偏見もあったという。だから、子を宿した時に出生前診断を検討したが「ハンディが分かったところで、私にはこのおなかの中の人とお別れできない」と検査を受けなかった。それでも「これからも揺れる思いが出てくると思います」と記す。

 取材した臨床心理士は、出生前診断の末に中絶を選んでも「おなかに宿った命を『なかったこと』にはできないんです」と語った。夫婦、特に妊娠した女性は、身をもってその命の重さを知っているからだ。

 おなかにいた命と、この世に生まれた命。どちらの命も、授かった夫婦や家族がずっと大切に思い続けられる世の中であってほしいと願う。医療技術の進歩に社会環境が追いつかなければならない。命を授かることは尊いことなのだから。 


=2013/04/26付 西日本新聞朝刊=

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