TPPと医療 ノンフィクション作家関岡さん講演 米国、混合診療解禁へ思惑は 高収益と民間保険拡大

医療を市場原理に委ねるべきではないと訴える関岡英之さん 拡大

医療を市場原理に委ねるべきではないと訴える関岡英之さん

 環太平洋連携協定(TPP)で焦点の一つとなっている日本の「国民皆保険制度」。主導権を握る米国は「対象外」と表明し、安倍晋三首相も「揺るがすことは絶対にない」と強調するものの、日本医師会をはじめ国民の間には懸念がくすぶる。5月24日には福岡市で公開セミナー(JA福岡中央会など主催)があり、ノンフィクション作家の関岡英之さん(51)が「TPPが医療に及ぼす影響」をテーマに講演。懸念の火種が、民間の健康保険が主流の米国の現状にあることを指摘し、警告を発した。講演要旨を紹介する。

 ■無保険者の悲劇

 ある米国人が電動丸のこぎりで指を2本切った。病院へ行くと「中指を接合するなら治療費は6万ドル(約600万円)。薬指なら1万2千ドル」。そして今、彼の手に中指はない-。米国の医療制度の病理を描いたドキュメンタリー映画「シッコ」(2007年、マイケル・ムーア監督)の中にこんなシーン
がある。

 国民皆保険制度のある日本では、私たちは病気をしても保険証さえあれば自由に病院を選べ、医師もまた独自の判断で治療内容を決められる。一方、米国は健康保険も民主導だ。

 冒頭のケースは、全米で5千万人いるとされる無保険者の悲劇だが、高齢者や障害者、低所得者など公的医療保険で守られる人を除けば、多くが民間会社の健康保険に加入している。とはいえ、満足な治療が保障されているわけではない。

 加入者は病院を自由に選べず、保険会社から渡されたリストの中から選ばなければならない。医師ですら保険会社に許可をもらえなければ、治療法を決められない。こんな国では保険に入っていたとしても安心して暮らせないと映画は警告しているのだ。

 ■未承認も利用可

 1990年代から、米国と日本の政府が交わしてきた「年次改革要望書」という外交文書がある。その中で米国は、日本の簡易保険の廃止などを求めてきた。2000年代には「日米投資イニシアチブ」というもう一つの交渉チャネルの中で「混合診療」の解禁を要望している。

 混合診療が解禁されると、厚生労働省が認めていない保険外診療(自由診療)は自己負担となり、検査費や入院費などの経費は公的保険でカバーされる。日本では未承認の新薬や治療法をより利用しやすくなる。

 だが、米国が混合診療解禁を要求するのは、日本人の健康を願ってではない。診療報酬や薬の価格を政府が抑制する保険診療より、製薬会社や病院が価格を自由に決められる自由診療の方が収益性が高いからだ。

 ■病状より所得で

 混合診療が解禁されれば、米国の世界最先端の新薬や治療法が普及するかもしれない。だがそれは、日本の医療費の水準とはまったく異なる高価格で提供される。そのため、利用できるかどうかは、患者の病状より所得水準によることになる。それを補完するのが、民間保険会社の医療保険。公的保険がカバーしない領域の拡大により、ビジネスチャンスが生まれるのだ。

 預金はいつでも出し入れ自由だが、医療保険で払い戻しがあるのは病気になったときだけというのが一般的。保険会社から見れば、一度契約すれば長期に運用できる資金の集金マシンであり、マネーゲームの元手になる。TPPを推進する側には、そうした狙いがあることを知ってほしい。

 ■市場に委ねる命

 総医療費が国内総生産(GDP)に占める比率が世界一高い米国。厚労省によると、2010年の1人当たりの医療費は年間8233ドル(約84万円)で、政府が「社会主義的」な価格統制を行っている日本の2・7倍にも達する。

 日本の公的保険下では、どこの病院に行こうと費用はすべて同じ。年収に関係なく、同じ医療が受けられる。だが、そもそも民間の保険会社にそんな義務はない。たくさん保険料を負担した人には手厚く給付し、それなりの人には、それなりにしか返さない。目的の第一は利潤追求にある。

 民間保険は市場原理に基づいた純然たる金融商品であり、社会保障の代替たりえない。国民の命にかかわる医療を、市場原理に委ねるべきではない。

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【ワードBOX】混合診療

 保険が利く「保険診療」と、保険外診療の「自由診療」を同一の患者に行うこと。日本で厚労省が認めていない薬などを使って混合診療を行うと、本来保険が利くはずの検査費や入院費などにも保険が適用されず、かかった費用全額が自己負担になる。一方で「保険適用外のがん治療などを患者が利用しやすくなる」と期待する声もある。

=2013/06/05付 西日本新聞朝刊=

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