[沖縄戦] 島民の「献身」を強調

 沖縄戦で組織的戦闘が終わったとされる1945年6月23日。その8日前の朝刊に、海軍沖縄根拠地隊の大田実司令官が本土へ送った電文の内容を報じる記事が載った。

 見出しは〈沖縄全県民が挺身(ていしん)〉。記事では焦土と化してなお住民が軍に協力したことが強調され〈後世沖縄県民に対し特別の御高配有らんことを切望する〉と訴える。送信後に大田司令官は自決するのだが、触れられていない。

 司令官の報告により〈根拠なき浮説〉が晴らされたとも書かれている。沖縄県民は軍に非協力的だったという誤解が、本土の人々に根強かったことがうかがわれる。

 軍部は沖縄を「捨て石」とし、本土決戦までの時間稼ぎと位置付けた。連合国軍側も沖縄戦後に九州南部へ上陸するオリンピック作戦を立案していた。当時の沖縄の戦況を西日本新聞は連日、詳報している。迫る九州での地上戦。その危機感の表れだろうか。

 翌24日付には、沖縄と九州の位置関係が分かる地図を載せ、元寇(げんこう)襲来を受けた長崎の壱岐や対馬になぞらえる記事を添えた=(7)。九州もまた、本州の防波堤だった。

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