[二・二六事件] 1面トップは「空白」

 1936年2月27日夕刊の1面トップは、福岡日日新聞=(2)上、九州日報=(2)下=とも前代未聞の「空白」となった。前日の未明、陸軍青年将校らが首相官邸などを襲撃して大臣らを殺害した二・二六事件が起きている。

 戒厳令下、報道統制で削られたのだろうか。静岡県立大の前坂俊之名誉教授(ジャーナリズム論)は「降版直前で代わりの記事を探す時間がなかったか、あえて空白にして読者に重大事件発生を察知してもらおうというせめてもの抵抗だったかだ」と分析する。

 東京朝日、大阪毎日、読売の3紙に空白はない。九州の他の地方紙には見られるため、「通信社の配信記事が報道禁止になったと考えられる」という。鉛版をのみで削ったような跡が生々しく残る新聞もあった。

 福岡日日新聞は、32年の五・一五事件では菊竹六皷(ろっこ)主筆を中心にファシズム批判の論陣を張ったが、二・二六事件では〈戒厳司令部発表〉〈検閲済〉の記事ばかり。菊竹主筆は3月3日付の社説でようやく事件に触れ〈本欄は二十七日以来、ほとんど怠業の連続である。熱心なる読者諸公は、何という醜態ぞと、眉をひそめたであろう〉とわびた。

 前坂さんは「新聞は二・二六事件でとどめを刺された」と評した。

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