【人の縁の物語】<20>名将 部員10人の新天地 甲子園10回の末次秀樹監督

ひたむきな部員と接し「毎日心が洗われる思いだ」と語る末次監督 拡大

ひたむきな部員と接し「毎日心が洗われる思いだ」と語る末次監督

グラウンド整備は部員と一緒に

■「野球楽しむ」原点に 福岡・真颯館高

 甲子園の土を10回も踏んだ「名将」が、部員10人の野球部で指揮を執っている。4月から私立真颯館(しんそうかん)高校(北九州市小倉北区)の監督となった末次秀樹さん(55)。公式戦未勝利、紅白戦をしようにも人数が足りない…。それでもひたむきに白球を追う子どもたちの姿に「野球の原点に触れた」。グラウンドに向けられたまなざしは、かつてなく温かい。

 今月初め、梅雨の晴れ間のグラウンドには水たまりが残っていた。トンボをかけていた部員の一人が、近寄ってきた末次さんにあいさつをする。

 「声が元気ないな。どうかしたか?」と野太い声で返す末次さん。「喉が痛いっす」「なら、練習休むか」。すると、すぐさま部員が反応した。「いや、練習します。野球は好きっすから」

 そこで末次さんがニヤリとして「『野球は好きやけど、監督は好かん』みたいな言い方やな」。ゲラゲラゲラ…。しばし爆笑の渦に包まれた。

 監督と選手が一緒にグラウンド整備をしながら冗談を飛ばし合う-。勝つために規律を重んじ、厳しく鍛えていく強豪校ではあまり見られない場面で、新鮮だった。

   ☆   ☆

 身長185センチ。福岡・柳川商高(現柳川高)の大型捕手として2度、甲子園に出場した。1976年夏には8打席連続安打の大会記録を打ち立てる。日本ハムからのドラフト指名をけって、中央大に進学。社会人野球でプレーした後、母校の柳川高をコーチ、監督として甲子園に7度導き、前任の福岡・自由ケ丘高でも出場を果たした。

 真颯館高の前身である九州工高も、70年と94年に甲子園に出場した強豪だった。その後は長い低迷が続き「野球部を強化するとともに魅力ある学校づくりをしたい」という学校法人真颯館の川崎哲雄理事長が、手腕を買って監督に招いた。

   ☆   ☆

 覚悟はしていたものの戸惑った。4月に就任した当初の部員は3年生4人、2年生3人。自身の高校時代には1学年だけで100人近くいた。ここまで少ないチームでプレーしたことはなく、教えた経験もなかった。

 部員の練習着はバラバラ。ボールさばきもスイングもおぼつかない。監督の華麗な経歴を知る部員はおらず、ため口で接してくる。これまで、強豪校で指導してきた球児とは技術的なレベルだけでなく「価値観や感覚が異なっていた」。

   ☆   ☆

 それでも、全力で練習に打ち込む生徒たちがいとおしい。気後れすることなく質問してくる目の輝きがまぶしかった。

 「日が暮れるまで空き地で草野球をしていた子どものころを思い出しました。純粋に野球を楽しんでいたあのころを」

 強豪校の指導者時代、勝利を求めるあまり、感情的に怒鳴り散らした時期もあった。プレッシャーでグラウンドに顔を出すのが憂鬱(ゆううつ)だった日もある。そして今、厳しい視線が注がれる体罰問題…。

 何のために野球をするのか。このグラウンドでなら、はっきり言える。「楽しむためだ」と。生徒だけでなく、指導者もそうでありたい。間近に迫った夏の甲子園・福岡県予選。名将は心の底から楽しみにしている。

=2013/06/11付 西日本新聞朝刊=

PR

PR

注目のテーマ