【こんにちは!あかちゃん 第6部】 高度生殖医療は今 連載を始める前に 進む技術 環境整備は…

 夫婦なのに、土下座をして涙ながらに謝った時のつらさは、どれほどのものだったのか…。福岡市の会社員男性(42)は5年前の出来事を思い出すと、今でも胸が締め付けられる。

 7年間の交際を経て結婚した時、年上の妻は41歳になっていた。「すぐに子どもが欲しい」。新婚早々、市内の不妊治療専門クリニックに足を運ぶと、医師から即断即決された。「顕微授精をしましょう」

 不妊治療では、排卵日に性交渉をもつタイミング法に始まり、難治性に従って人工授精=図1、体外受精=図2、顕微授精=図3=とステップアップしていく。ところが、35歳になるころには卵子の老化が顕著になり、妊娠しにくくなる。その病院では、40歳を超えると最終段階の顕微授精からスタートしなければならなかったのだ。

 6回目のトライで受精卵が育ったが、子宮に着床せず流産してしまう。その晩、帰宅すると妻が土下座しながら泣き叫んだ。「私には赤ちゃんが産めない。ごめんなさい。離婚して!」。反射的に頬をたたいていた。「ばかなことを言うな! 別れたりせん。一緒に頑張ろう」

 結局、顕微授精に10回挑んだが、授かることはできなかった。治療費は途中から年金暮らしの両親に借りながら工面してきたが、300万円を超えると、自分も親も財布は限界だった。

 「もうやめよう。よく頑張った。子どもができない運命だったんだ」。海外での卵子提供や代理出産も考えていた妻を説得。3年間の治療を終えた。「子どもがいなくても二人で歩む人生がある」と納得しているものの、公園でたわむれる親子連れを凝視する妻の姿を見ると心がうずく。「早く結婚していれば。もっと早く治療していれば。もしかして…」

 今や、夫婦の6組に1組が検査や治療の経験があるとされる「不妊大国ニッポン」。見た目が若くて健康であっても卵子は実年齢通りに老化する。そして妊娠・出産が困難になる。最新の医療技術でも卵子を若返らせることはできない。

 女性が働き続けるのが当たり前になってきた時代。ところが、産前産後休暇や育児休業で職場を離れると、なかなか元のキャリアに戻りにくい。働きながら産み、育てる制度、社会の風潮が未成熟な現状では、不妊症は単なる病でなく、社会問題といっても過言ではない。

 にもかかわらず、解決の一翼を担うはずの高度生殖医療を取り巻く環境整備は必ずしも十分ではなく、最前線を担う医師や看護師たちが日々格闘している。15日から始める「こんにちは!あかちゃん」第6部では、高度生殖医療を支える群像に迫り、課題を探る。


=2013/06/14付 西日本新聞朝刊=

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