【こんにちは!あかちゃん 第6部】高度生殖医療は今<3>不妊は社会問題として

 ■セントマザー産婦人科医院(北九州市)院長 田中 温さん 
 第一人者の自負が言葉ににじむ。「男が原因の不妊症治療の研究はこれで打ち止めだな。今後はこの技術を世界に広めたい」

 無精子症の患者から、精子が成熟する前段階の細胞を取り出し、安定的に体外受精を成功させる手法を確立。5月に発表すると、国内外から大きな反響が寄せられた。

 この手法、実は1996年にフランスで世界初の出産例が報告されてはいた。しかし、受精能力のある「前期精子細胞」を見分けることが難しく、成功率が非常に低かったことから、2000年以降は凍結状態になっていたのだ。

 「目の前に患者がいるのに放置するわけにはいかない」。診察や手術を終えた深夜から、動物実験を地道に続けた。日本産科婦人科学会に臨床研究を何度も申請し、そのたびに「時期尚早」と却下されても、諦めなかった。

 積み重ねた実験と観察が実を結ぶ。核膜の状態などから原始的な細胞と「前期精子細胞」を見分ける技術を確立。11年、厚生労働省の「登録臨床試験」に承認されると、次々と出産例を積み上げていった。

 埼玉県内の病院で勤務医をしていた時だった。卵管が閉塞(へいそく)していたので「妊娠は無理」と診断した患者から、手紙をもらった。

 《愛する人を見つけ、その人とこれからの人生を生きていこうと思っていた時に「子どもができない」と言われた。自分と結婚しなければ夫は子どもを授かっていた。つらいけど自分が身を引いて離婚したい》

 涙が止まらなかった。「不妊を理由に愛する夫婦が引き裂かれるなんて…。何とかしなければいけない」。それから約30年。常にアンテナを張り巡らし、人脈を築き、医療の現場に張り付いた。「不妊に悩む患者を一人でも多く救いたい」との一念からだ。

 追い求める世界最先端の研究と最高水準の治療‐。今や不妊患者たちから「最後の砦(とりで)」と呼ばれるセントマザーでは、これまで約2万人の赤ちゃんが体外受精で誕生している。

 学会の出張以外で病院を離れることはない。診察を終えても、院内にある研究室で毎日実験を繰り返す。開院以来23年間、そんな生活を続けている。

 「僕が疲れた顔をしていると、わざと『院長! 実験ですよ』って背中を押すんだ。ほんと、憎たらしいね」。言葉とは裏腹に、その笑顔は柔らかく温かい。約100人のスタッフは戦友なのだ。

 旺盛な研究心と、現場主義を貫く粘り腰の行動力。強烈な個性で日本の生殖医療をリードしてきた。だからこそ「不妊症は社会問題」と懸念を隠せない。

 「次世代を担う子どもたちの数を増やさないと日本は沈んでしまう。子どもができない夫婦や支援する団体のみならず、国の未来のため、国民全体で議論しないといけない」

 不妊治療の継続を断念する理由の多くは、高額な治療費を払い続けられない経済的事情だ。「多くの人が子どもを産めるように、公的医療保険を適用してほしい」。生殖医療のリーダーは訴え続ける。

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 ▼たなか・あつし 1949年生まれ、北九州市出身。82年に順天堂大学医学部大学院を卒業し、医学博士に。90年から現職。民間不妊治療施設でつくる日本生殖補助医療標準化機関(JISART)で理事長も務めた。

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 ■男性の不妊治療の種類

 精子の数が少ない「乏精子症」、運動量が少ない「精子無力症」、精子が見つからない「無精子症」がある。無精子症は100人に1人とされ、そもそも精子ができない「非閉塞(へいそく)性」が全体の8割。残りは、精子は正常につくられるが精子の通り道の精管がふさがっている「閉塞性」。非閉塞性は遺伝的要因のほか、薬や病気による精巣障害で起きることもある。精子に何らかの問題がある人は10人に1人といわれ、不妊の原因の半分は男性側にあるとされる。


=2013/06/19付 西日本新聞朝刊=

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