【こんにちは!あかちゃん 第6部】高度生殖医療は今<6完>問題提起「患者のため」

 ●諏訪マタニティークリニック(長野県下諏訪町)院長 根津 八紘さん 
 先例のないことをすれば批判を受ける。しかし、ひるまなかった。

 1986年に多胎妊娠の一部の胎児を減らす「減胎手術」を、96年には提供卵子による「非配偶者間体外受精」、そして2001年には不妊夫婦のために別の女性が産む「代理出産」を実施。いずれも公表した。

 「すごいことをやった、と自分をアピールする気など全くなかった」。社会への問題提起‐それが狙いだった。

 静かな水面が広がる諏訪湖に面した長野県下諏訪町に、1976年、諏訪マタニティークリニックを開院した。以来、減胎手術は千例を超える。非配偶者間体外受精は、精子提供も含めると200組以上の夫婦に施し、150人以上の子どもが誕生した。

 産みたくても産めない‐そうした厳しい状況にありながら、放置されたままの患者がいる。そのことを世に示し、救う方法があることを伝えようとしてきた。

 「社会や医療界がしっかりと受け止め、事態好転につなげてほしかった。そもそも三つの技術はそんなに難しいものではない。たいていの医者はやろうと思えばできるはず」

 公表したのは、生まれてきた子と治療を受けた患者のためでもある。密室で終えれば、後ろめたさを抱いて生涯を過ごすかもしれない。「そんなことが絶対にあってはならない」。そのためには技術の正当性を世間に広める必要がある。そう判断してのことだった。

 減胎手術を公表した時、思わぬ逆風を受けた。ショックは大きかった。

 主に不妊治療によって生じる多胎妊娠に対し、母体の危険性などを回避するため、妊娠初期に多胎児の一部を減らす減胎手術。その手法を、人工妊娠中絶の技術から応用し、考案した。

 全てを産むか、全てを中絶するか‐。二者択一しかなかっただけに「多胎に苦しむ患者を少しでも助ける方法が見つかった」と喜んだ。4胎妊娠の患者に初めて施術し、2胎に減らして双子を誕生させた。

 「全員中絶のところを2人助けたわけで、誰もが理にかなったものと受け止めてくれるはず」

 批判は痛烈だった。「間引きではないか」「安全性が確立されていない」…。日本母性保護医協会(現日本産婦人科医会)も禁止の勧告を出す(後に容認)。「医療界の上に立つ人が『田舎の医者が生意気なことをして』と指摘しているような空気も感じた」。良かれと思ったことが否定された。正論なのに、なぜ…。

 「このまま封じ込まれることは許されない」。患者のために奮い立つ。逆風が反骨精神に火を付け、その後、非配偶者間体外受精や代理出産に挑んでいく原動力ともなった。

 減胎手術と非配偶者間体外受精は、公表後、他の施設でも実施されるようになった。半面、どちらもいまだに公的ルールはなく、慎重な医師も少なくない。

 一方で、関心は代理出産にも向けられていく。ロキタンスキー症候群などによって子宮がなく、妊娠できずに苦しむ女性は少なくない。そこで国内で唯一、代理出産を手掛けてきた。

 これまで21組に試みて、14人が妊娠、16人の子が誕生した。06年からは「代理母は依頼母の実母に限る」と自主規定を決め、細心の注意を払ってきた。過去にトラブルになったことはない。かといって今後においても慎重さを欠くわけにはいかない。

 「万が一、うちが失敗をしたら、国内の代理出産がストップする恐れがある。批判が強まれば追随する医療機関が出る可能性がなくなり、法整備に向けた動きも封印されてしまう」

 政治家には、代理出産をはじめとする生殖医療について真剣に議論し、早急な法整備の実現を切望する。「低調なら、私自身が何らかの形で問題を提起していく」。減胎手術の公表から27年、代理出産の公表から12年が過ぎた。 =おわり

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 ▼ねつ・やひろ 1942年生まれ。信州大学医学部卒。専門は周産期医学。母乳哺育の大切さを訴え、乳房管理学を体系化した「おっぱい博士」としても知られる。


=2013/06/22付 西日本新聞朝刊=

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