「井上ひさしと考える日本の農業」から<上>「水田維持せずしてなにが政府か」 安易な自由化に警鐘

 コメの部分開放、オレンジや牛肉をはじめとする農産物自由化の波が押し寄せた1980~90年代。「安い農産物の輸入こそが国民の幸福につながる」「農業に国際競争力を」「企業に農地を開放せよ」など、財界サイドを中心とした主張に対し、反対の論陣を張ったのが作家の故井上ひさしさんだった。環太平洋連携協定(TPP)交渉への参加が決定的な今、農と食に関する井上さんの発言をまとめた「井上ひさしと考える日本の農業」(山下惣一編、家の光協会、1470円)=写真=が7月、刊行される。これを機に、あらためて彼の警鐘に耳を傾けた。

 ■途上国が困る

 80年代、農業保護の高まりによる農産物の過剰と輸出補助金の多用によって、国際市場が混乱した。86年には、世界的規模で農業の保護水準を引き下げることを目指すウルグアイ・ラウンドが始まる。国際価格の10倍ともいわれた当時の米価をめぐり「日本は農業を捨て、コメはタイから輸入した方が国民の暮らしがよくなる」といった主張もあった。

 ただ、コメは自国消費がメーンで、余った分を輸出するという国が主流の作物。米国やオーストラリアのように輸出を前提に作る国があり、世界の全生産量の20~25%が国際市場に出回る小麦とは違う。このため、コメは不測の事態があれば高騰し、自国の食料を確保することさえ難しくなる危険性がある。

 井上さんは言う。

 《「日本は金持ちなんだから、足りない分は買えばよい」というのが、大方の考え方のようだ。たしかに現在でも、日本は世界の穀物貿易量の15%、トウモロコシなどは20%も買っている。しかし、いったん不作で品不足になった場合、日本が出回る品物を買い付けに回れば、本当に困るのは、発展途上国などの国々。品不足のうえに、価格もつり上がる。他国の迷惑も顧みず食料を買い回ることになれば、困っている国はどう思うだろうか。

 このような世界の食料事情や国際的な道義について、日本人はもっとしっかり理解する必要がある》(88年「蓄えなくしてまともな国家といえますか」)
 ■全体では誤答

 「兼業農家に農業を断念させて、農地を中核農家や法人に集めて規模を拡大。生産コストを下げ、コメに競争力をつけて農村を再生させよう」「高付加価値農業を展開しよう」-。

 当時、主に財界から提案され、一部農家からも支持された農業改造案に対しても井上さんは反論した。

 《それぞれの案はそれなりに当たっている。だが、いずれも日本の一部にしか当てはまらない。大規模化にしても利根川流域や仙台平野などの広い水田地帯では功を奏しても、山村や小盆地などでは成り立たない。ある地方には正答であっても、国全体では誤答になってしまうのだ》(92年「愚者(こけ)の一心 コメの話・承前」)

 現代でいえば、レタスを植物工場で作る技術は実用化されているし、サクランボの輸出で利益を上げている農家はいる。だが、それらは農業の中のごく一部の話。九州でいえば、面積の7割を中山間地が占めており、大規模化などの改造案にはそぐわない。

 ■採算性でなく

 企業は基本的に「私」。井上さんは、企業が経済性を追求するのは当然のこととした上で、政府や官僚にこう注文した。

 《わたしたち国民は政府に「なんでもいいから経済性を追求せよ」とは言っていない。政府だからこそ、企業がやりたくてもできないでいる、そろばん勘定では計ることのできない経済外にある効用を考慮に入れてほしいと言っている。

 公立学校に警察に消防、道路づくりに空港づくり、みんなソロバンに合わないことばかり。しかし、それらはどれも大事な仕事だから、採算を度外視して続けている。国土を保全し、水を蓄える機能を持つ全国の水田の維持、とくに棚田の維持、ひいては農村そのものの維持もそれらに劣らず大事な仕事。それをやらずして、なにが政府か官僚か、と言いたい》(同)

 ◇「下」は7月3日に掲載する予定です。

    ×      ×

 ▼いのうえ・ひさし 1934~2010年。山形県川西町出身。上智大学外国語学部フランス語科卒業後、1964年、放送作家としてNHKの連続人形劇「ひょっこりひょうたん島」の台本を執筆。その後、戯曲、小説、エッセーの分野にも活動の場を広げ、直木賞など数多くの賞を受賞。代表作に小説「ブンとフン」「青葉繁れる」「吉里吉里人」など。

=2013/06/26付 西日本新聞朝刊=

PR

PR

注目のテーマ