取り下げの波紋 長崎の教会群 世界遺産推薦<上>不安 構成資産 見直すのか

 「長い禁教が解かれ、先人が信仰を形にするために教会を造った。その価値は不変なのだが…」

 「長崎の教会群とキリスト教関連遺産」の世界文化遺産推薦取り下げが決まった9日、田平天主堂(平戸市)の信徒代表山内政夫さん(64)は、推薦書の見直しを求めてきた国連教育科学文化機関(ユネスコ)の諮問機関の中間報告に疑問を投げ掛けた。

 諮問機関は、江戸前期-明治初期の「禁教期」を強調するよう促した。14ある構成資産の見直しにもつながるのか、それぞれの地元にとって不安は尽きない。

 田平天主堂は移住した信徒が1918年、資金をためて建設。山内さんは、2世紀以上続いた禁教期が重視されることに「間違いではない」としつつ「長い禁教期の結果、長崎に一気に教会ができた」と長崎の教会群の価値を強調する。

 思いは禁教期後にできた二つの教会がある五島市も同じ。うち旧五輪教会堂がある久賀島では、12畳の空間に信者約200人が8カ月投獄され、42人が亡くなる弾圧があった。地元の信者坂谷サチ子さん(70)は「教会は禁教と迫害の時代を乗り越えた信者の苦難の上に立つ」と構成資産として維持されるよう訴える。

 禁教期前の資産にはキリシタン大名有馬氏の居城だった日野江城跡(南島原市)がある。「南島原ガイドの会 有馬の郷」(同)の内山哲利会長(68)は「平戸市や熊本県天草市などのガイド団体と交流を深めてきた。構成資産が減れば交流に支障が出るかもしれない」と漏らす。

 今、何ができるか-。明治後期の黒島天主堂がある佐世保市。市教育委員会の山口毅副主幹は「仮に黒島が外れると言われても『登録のためにはどうすればいいか』と問い返すしかない」。潜伏期から残る墓地の再調査なども予想され「(推薦書見直しの)時間が限られ、天主堂と禁教期のつながりをどう浮かび上がらせるのか判断は難しい」と話す。

 9日も観光客が訪れた長崎市西出津町の出津教会堂。地元で飲食店を営む日宇スギノさん(68)は約30年前から地域活性化に取り組む。「みんなが一生懸命。もめることなく、知恵と工夫で試練を乗り越えなきゃ」と自分に言い聞かせた。
   ◇    ◇
 10年以上にわたり目指してきた世界遺産への道がゴール目前で突然うねり、波紋が広がった。「長崎の教会群とキリスト教関連遺産」の世界文化遺産推薦取り下げをめぐる現状と、今後の展望を報告する。

この記事は2016年02月10日付で、内容は当時のものです。

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