取り下げの波紋 長崎の教会群 世界遺産推薦<下>期待 再挑戦へ 鍵握る助言

 「一頃の盛り上がった空気は残念ながら、ない」
 
 神奈川県鎌倉市職員の口調は重かった。2013年、世界文化遺産を目指した「武家の古都・鎌倉」は、国連教育科学文化機関(ユネスコ)の諮問機関から「不記載」と勧告を受けた。4段階評価で最も低く、すぐに推薦を取り下げた。

 推薦書には、鎌倉大仏など名が知れた構成資産が並んでいたが、「歴史の記述は多いものの、精神的な側面以外の物証や、独自性の研究が不十分だった」と、鎌倉市の担当者も推薦書の不備を認める。

 今も推薦される資格がある国の暫定リストに残るが、担当者は「同時に歴史を生かしたまちづくりを進め、再挑戦の機運を高めたい」と、コンセプトの再構築から取り組んでいる。

 「長崎の教会群とキリスト教関連遺産」は日本で2件目の推薦取り下げとなったが、鎌倉と違うのは今回導入された「中間報告」の存在だ。諮問機関の国際記念物遺跡会議(イコモス)が、従来は4~5月に勧告を出すまで非公開だった審議内容の概要を勧告前に示した。

 イコモスは中間報告で、教会群の推薦書に対し、2世紀以上の「禁教期」こそ他にない特殊性として「顕著な普遍的価値」を認めた上で焦点化を要求。推薦を取り下げれば助言の準備があるとしている。

 イコモスが助言を提案した例は、08年にユネスコに「登録延期」(下から2番目の評価)とされ、11年の再挑戦で世界遺産に認められた「平泉の文化遺産」(岩手県)がある。日本初の登録延期に「平泉ショック」と騒がれたが、岩手県教育委員会の佐藤嘉広主任主査は「再挑戦の際、イコモスの支援で登録に大きな流れができた」と話す。

 11~12世紀の日本北部の行政拠点で、現世の仏国土(浄土)の実現を目指した平泉。派遣されたカナダと中国の建築の専門家を交えて協議し、コンセプトから「行政拠点」を削って「浄土」に絞り、構成資産の数も9から6に厳選した。

 外れた構成資産は、世界遺産のパンフレットなどで「同等に」(佐藤さん)扱い、現在は新たな世界遺産を目指し、国の暫定リストに名を連ねている。

 教会群にも助言効果はもたらされるか-。岡田保良国士舘大教授は「シリアルノミネーション(同種遺産の一括推薦)は説明が難しく、再推薦を狙う長崎の戦略は正しい」と評価する。一方、18年の登録を目指し、3月末までに推薦書を練り直すとする長崎県の姿勢に「短い見直し期間で、いかに“海外の目”を推薦書に反映できるか。容易ではない」とも語った。

この記事は2016年02月12日付で、内容は当時のものです。

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