ともに自立へ 生活困窮者支援制度<1>借金苦の母子 離婚し再出発 復学も―連載 佐賀県

 県生活自立支援センターの相談支援員で社会福祉士の松尾玲奈さん(29)は昨年12月24日、県内の公営住宅にいた。「電話がつながらなかった」と告げると、相談者の志織さん(21)=仮名=は薄暗い部屋で「携帯電話のお金を払ってなくて、止まってました」と話した。

 松尾さんは志織さんへの支援開始後、生活状況を確認するための面談に訪れた。電話がつながらなかった理由が事故でないと分かり、ほっとした。「キャッ、キャッ」と笑う子どもたちの声も元気そうだった。

 クリスマスイブ。この日も志織さんは長男(3)と次男(1)を高校生の弟に託し、深夜までの飲食店アルバイトに向かった。

   ■   ■

 「離婚したい。でも、どうやって生きていけばいいのか分からない」

 志織さんが助けを求めたのは昨年7月だった。佐賀市にある県立男女共同参画センター(通称アバンセ)の女性総合相談窓口に駆け込み、紹介されたのが県生活自立支援センターだ。

 中学3年のころに両親が離婚し、母が出ていった。志織さんは通信制高校へ進学した。学費を稼ぐアルバイト先で出会った5歳上の男性と交際し、長男を妊娠。高校は休学し、実家を出て結婚、育児に励んだ。ところが次男を妊娠中に夫が失業し、多額の借金も判明。長男に発達障害があることも分かった。

 「頼れる人が誰もいなかった」という。「自分で子育てし、自力で生活せないかんと思っていた」

 仕事も2児を預ける場所も見つからず、消費者金融通いで家賃や生活費を賄った。自己破産した夫にも金を渡し、借金は200万円を超えた。返せるめどもなく、母子は孤立した。

   ■   ■

 支援センターの対応は早かった。数日後には支援員数人が志織さん宅を訪問。話し合いの場を設けて協議離婚が成立した。

 生活が安定するまで実家に身を寄せることになった。児童扶養手当や保育所、発達障害児の通所施設の利用方法も教えてもらい、申請には松尾さんが付き添った。借金は法テラス佐賀に相談し、少額ずつの返済が決まった。初めて知る制度や情報ばかりだった。

 「支援なしでは子どもたちも、お金もどうなっていたか。うれしかった。人生失敗したって悔やんでいたけど、今は少し前向きです」と志織さんは話す。

 ずっと母子で家にこもっていた生活から少し抜け出した。どうしようもなく不安になることもあるが、支援員とのちょっとした会話が心の支え。高校も春に復学し、年内の卒業を目指す。就職後は実家を出て母子3人で暮らしたいと目標もできた。

 「自立して、しっかり育てたい。この子たちは心配なく高校に行けるよう、貯金もしたい」

   ◇   ◇

 生活保護を受給しなければならなくなる前に自治体が支援する生活困窮者自立支援法が昨年4月に施行されて約10カ月。取り組みは有効か。県内の現場から報告する。

    ×      ×

 ●ワードBOX=生活困窮者自立支援制度

 経済的に困窮し、最低限度の生活を維持することができなくなる恐れのある人の自立を目的に、国が本年度に始めた。生活保護に至る前の「第2のセーフティーネット」とも呼ばれる。生活困窮者自立支援法に基づき、自治体に必須事業として相談支援や支援計画の作成、住居確保金支援などを定め、民間委託も可能。任意事業として就労準備や家計相談、子どもの学習支援などもできるが、内容は自治体によって異なる。

この記事は2016年01月20日付で、内容は当時のものです。

PR

社会 アクセスランキング

PR

注目のテーマ