ごみの山が生きる糧 「故郷に仕事ない」 監視逃れ不法滞在

 タイ北西部のターク県メソト。郊外のごみ捨て場には、国境を接するミャンマーからの不法移民が暮らしている。仕分けした缶や瓶を売って生活の糧にするためだ。祖国ではアウン・サン・スー・チー氏が主導する新政権が発足し、変革の期待が高まるが、住人たちは「帰りたくても帰れない」と口をそろえた。 (メソト浜田耕治)

 ごみ捨て場に足を踏み入れると、強烈な悪臭が鼻を突く。顔や手にまとわりつくハエの大群。収集車が吐き出した生ごみは、高さ20~30メートルの山になり、幾重にも連なっていた。

 ごみ山のすぐ脇には、雨露を防ぐだけの粗末な小屋が点在している。ここで暮らすのは約50世帯。すべてミャンマー人だ。日焼け止めの黄色い粉タナカを顔に塗る女性や、スカート風のロンジーをはく男性の姿も見える。

 カレン族のウルトさん(55)は「ここで働いていた親類の紹介で、6年前に国境を越えた」。妻と子の5人暮らし。ごみ山で見つけたペットボトルや瓶、缶を売れば1キロ1~8バーツ(1バーツは約3円)になる。1日に50バーツの稼ぎは大きい。

 ミャンマーが新政権になっても、土地を持たない農民の生活は厳しい。「(不法滞在で)警察におびえながら暮らす生活は嫌だが、故郷のカレン州に仕事はない」と顔を曇らせた。

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 タイに流入するミャンマー人はかつて、政治的迫害や戦火を逃れた難民だった。だが、今は出稼ぎ労働者が大部分を占める。

 ターク県工業連盟によると、県内にはメソトなどに656の工場があり、労働者の7割強がミャンマー人という。国境の町メソトに住むミャンマー人の半分は非合法ともいわれる。多くは低賃金で働き、タイ経済を底辺で支えている。

 「警察に捕まるのが怖いので、町では働けない」というビルマ族のサンティさん(50)は10年間もごみ山で暮らす。「ここにはテレビもラジオもない。祖国がどう変わったのか、私たちには分からない…」

 メソトにはミャンマー難民や不法就労者を支援する団体があり、月50バーツで通える学校や無料の診療所もある。「お金が手に入り、医療も受けられる分、故郷の村よりごみ山の方がましだよ」と付け加えた。

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 ごみ山に登ると、子どもたちが黙々と働いていた。ポリ袋を切り裂き、目当てのものが入っていないかを調べる。長靴と素手での作業は、けがや感染症の危険と隣り合わせだ。

 「ここで生まれた」というザウェンさん(14)は、支援団体が運営する学校に通いながら働く。月の稼ぎは千~2千バーツ程度。体格は同年代の日本人よりもはるかに小さい。

 左腕には、銀のバンドのデジタル腕時計が光っていた。「友達から100バーツで買ったの」。ごみ山で見つかった“掘り出し物”なのだろうか。はにかみながら見せてくれた。

 将来の夢は「教師になりたい」と語ったザウェンさん。「なぜって? 学校に来られない、貧しい人たちに勉強を教えたいの」と小さな声でつぶやいた。

この記事は2016年06月06日付で、内容は当時のものです。

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