不登校だった放送作家 「人生変えた」 ラジオの言葉 宮崎出身の寺坂直毅さん(35)

 命を絶つことまで考えた思春期、深夜のラジオから流れる言葉に救われた放送作家がいる。1月放送された人気テレビ番組「徹子の部屋」の40周年特番を担当した、宮崎市出身の寺坂直毅さん(35)=東京。不登校に悩み、外出や人との会話まで怖くなった時期をラジオに支えられた。放送作家になる夢をかなえた今、電波を通じて視聴者を笑顔にしたいと思う。

 昨年12月、東京都のラジオスタジオ。2時間生放送の深夜番組が始まると、パソコンに続々とメールが届いた。寺坂さんは放送する投稿を選びながら、学生だった自分のことを思い起こした。「番組を聞いて、自殺を思いとどまる人がいるかもしれない」

 不登校で命を絶つことまで考えた20年前、自身もラジオにかじりついた。投稿のはがきを送るのが楽しみだった。メールを目に、思春期を重ね合わせた。

 寺坂さんのつまずきは中学2年の秋。同級生の言動に傷つき、登校できなくなった。将来が不安で夜眠れず、朝寝て夕方起きる生活に。外出が怖く、家族以外とは話もできなくなった。

 定時制高校に進んでも苦しんだ。登校する夕方、全日制の高校生が下校してくる。引け目を感じ、「死にたい」と思い詰めた。

 そんなころ出合ったのが深夜ラジオ。不登校だったパーソナリティーが、いじめや不登校に悩む投稿を読み、「無理して学校行かなくてもいいよ」と語りかけた。自分へのメッセージに思え、気持ちが楽になった。

 高校2年の時には、お笑い芸人の今田耕司さんと東野幸治さんの番組に聞き入った。定時制出身の今田さんは、幅広い世代が通う教室を「おばちゃんが漬物を持ってきて教室が臭くなった」と笑いのネタにした。友達がいなかったという東野さんは「大丈夫。自分みたいに立派な大人になれる」。同じ悩みを笑い飛ばすトークに頬が緩んだ。初めて自分も大丈夫と思えた。

 放送を聞くうち「あの2人と番組で笑い合いたい」と思いが芽生え、放送作家を夢見て専門学校へ。番組制作会社に就職した。下積み時代はまだ会話が苦手だったが、懸命に働いた。

 25歳、憧れの2人のテレビ番組で、放送作家として本格デビュー。「お二人のラジオ番組が大好きで、よく投稿してたんですよ」-。つらかった思春期をネタに、3人で笑い合った。今、ラジオとテレビ計4番組で企画や台本制作を担う。

 寺坂さんは1月、放送作家になる夢を後押ししてくれた高校時代の恩師と宮崎市で対談した。人前に出ても、もう怖くない。客席に語った。「ラジオの一言一言が、僕の人生をつくったんです。言葉には人生や運命を変える力がある」。だからこそ、番組で届けられるメッセージがあると思う。

この記事は2016年03月02日付で、内容は当時のものです。

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