【揺らぐ裁き】(1)下 究極の刑、透明性の確保を

死刑執行後、刑務所内で記者会見する被害者遺族 拡大

死刑執行後、刑務所内で記者会見する被害者遺族

 スティーブン・スミス元死刑囚=執行当時(46)=が生前犯した罪は「嫌悪や非難を超えた理解し難い、最悪中の最悪」(米オハイオ州仮釈放委員会)の内容だ。

 1998年9月29日未明。缶ビール12本を飲み泥酔した彼は当時同居していたケシャ・フライさんの幼児をレイプし、殺害した。「殺意はなかった」と主張したが、99年3月、州地裁の判決は死刑。2002年12月、州最高裁で判決が確定した。

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 記者は死刑執行当日の5月1日午前7時40分、南オハイオ刑務所に入った。同州では事前申請すれば外国メディアも刑務所内に設置される「メディアセンター」に入り、刑務所側や立会人となった記者から説明を受けることができる。

 身分証を示し、金属探知機をくぐると係官が鉄格子を開けセンターへと案内する。パソコンの使用も自由で、米国人記者数人がすでに原稿を書いていた。やがて女性の報道官が入り、昨日から今朝、現在の死刑囚の様子を詳細に説明する。

 「昨日は午後4時29分から6時48分まで娘とめいが面会」「友達数人とも電話で話した」「寝る前にはラジオで音楽を聴いた」。最後の夕食のメニューはピザ4枚、魚の揚げ物、ジュース…。

 記者の一人が「どんな音楽か」と聞くと、報道官は「クラシック・ロックだ」。面会の様子の詳細を求められると「娘とめいは泣き続けた。最後に『さよなら』と言うと感情が一気に高まり、面会が終わっても泣き続けていた」と説明した。

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 9時50分、立会人となる記者3人が刑務官に案内されセンターを出て刑場に向かった。死刑執行の予定時刻は10時。しばらくセンター内は沈黙に包まれた。

 約40分後、立会人の記者たちがセンターに戻り、説明役である地元紙のマーク・コバック記者が執行時の詳細を分単位で説明した。この記事の多くは、コバック記者の説明に基づく。

 次に被害者遺族がセンターで記者会見した。被害者の実母であり、スミス元死刑囚のガールフレンドでもあったフライさんは「彼が死んでうれしい。地獄で焼かれることを望む」と言い切った。

 フライさんの父は語気をさらに強めた。「孫は最初の一歩を歩くことも、誕生日を祝うことも、学校に通うこともできなかった。ただただ残念なのは、あの男が平和的に死んだことだ」

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 死刑執行に関する米国の徹底した情報公開。死刑囚は最後の最後まで親族と会い、友人と電話で話し、メディアのインタビューにも応じる。執行日は裁判所が決め、事前に公表され、本人にも告知される。現段階で15年9月まで約20人の執行日が決まっている。

 日本では死刑判決が確定すると、「死刑囚の心情の安定」を理由に外部との接触はほぼ断たれ、執行は当日朝、本人に知らされる。生身の人間が処刑される現実はわれわれの社会から見えない。 米国は「家族や友人、社会と接触を続けてこそ心情の安定が得られる」(テリー・コリンズ元オハイオ州矯正局長)と考える。両国の死生観や社会の成り立ちは違うが、死刑制度の運用はあまりに異なる。

 立ち会いが11回目だったAP通信のアマンダ・マイヤーズ記者は言う。「究極の刑である死刑が人道的に行われたかを監視するのは記者の義務だ。究極の刑であるからこそ、死刑は可能な限り透明でなければならない」

 ◆米国の死刑制度と誤判

 死刑囚は現在、約3100人。執行は1999年の98人をピークに減少傾向にあり、昨年は43人。死刑制度を廃止したのは首都ワシントンと18州で、2007年以降に6州が相次ぎ廃止した。制度を存置するが執行が76年以降で0~1件の州も6州。6~7州で廃止が検討されているという。一方、テキサス、バージニア、オクラホマの3州で執行の半数を超える。

 米民間団体「死刑情報センター」によると、73年以降、142人の死刑囚が無実と証明され、釈放された。とくに、90年以降が103人を占め、03年は12人、09年も9人に上った。このうちDNA鑑定で無実が証明された元死刑囚は18人。

=2013/07/18付 西日本新聞朝刊=

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