3児死亡飲酒事故10年<1> 重い命 罪問い続け 苦悩の日々 終わりなく

 車座になって話を聞いていた10人弱の男の中に、元福岡市職員の今林大(ふとし)受刑者(32)はいた。

 今春。西日本の刑務所で、飲酒運転についての講話が行われた。語られたのは福岡市で10年前に起きた3児死亡事故だった。

 2006年8月25日夜、福岡市東区の海の中道大橋で、大上哲央(あきお)さん(43)一家5人が乗る車は追突され、橋から約15メートル下の海に転落した。長男紘彬(ひろあき)ちゃん=当時(4)、次男倫彬(ともあき)ちゃん=同(3)、長女紗彬(さあや)ちゃん=同(1)=が亡くなり、大上さんと妻のかおりさん(39)も負傷した。ぶつかってきた車の運転手は2軒の店で友人らと酒を飲んだ後、ドライブ中。事故後は逃走した。それが今林受刑者だった。

 「子どもたちがいつ帰ってきてもいいよう、小さな3足の靴が玄関に並べられていた」「お母さんは子どもの布おむつを手縫いしていた」

 飲酒事故の悲劇を訴える約1時間の講話中、椅子に座った今林受刑者はずっと膝の前で両手を握り、深く顔を伏せたままだった。

 話をした60代女性は、自らも飲酒運転のひき逃げ事故で家族を亡くした。事前に今林受刑者がいると職員から聞き、あえて3児死亡事故を取り上げた。「顔を上げられなかったのは、自分の犯した罪の重さに気付いたからではないか」。懲役20年。償う日々は続く。

   ◆    ◆

 「言いたいことは山ほどある。だが、まだ生活の面でうまくいかないことが多い。時期がきたら話したい」。大上さんは、事故直後から交流がある被害者遺族会の高石洋子さん(54)=北海道江別市=にこう打ち明けたという。代理人弁護士によると、かおりさんは今も、事故の光景を突然思い出すフラッシュバックがあるという。

 高石さんは数年前、かおりさんと食事をしたときのことが心に残っている。事故の話になった。

 「3人の子どもが奪われたと言われるが、3人の命なんかじゃない。あの子たちにも子どもが生まれたと考えれば、もっとたくさんの命が奪われた」。語気が強まった。「だから(今林受刑者が)現場から逃げたことは絶対に許さない」

 知人男性(39)が数年前、哲央さんと会ったとき。飲酒運転がなくならないことについて「人権や命を大切にする当たり前のことができないのか」。社会への怒りをにじませたという。

 息子を亡くした高石さんは夫妻の気持ちを代弁する。「私も命日が来るたびに逃げ出したくなる。悲しみが終わることはない。2人は今も苦しんでいるはず」

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 福岡市の喫茶店で向き合った今林受刑者の親族は、10年を振り返って泣いた。

 「一族を社会から滅ぼせ」。事故後、今林受刑者だけでなく家族への中傷がネットで過熱し、嫌がらせの電話もかかってきた。それにじっと耐え、亡くなった子どもたちを悼んできた。「私も事故と向き合わないと」と思ってきた。

 新聞に載っていた幼いきょうだいの写真を切り抜き、仏壇にあげてお参りしている。今林受刑者の両親は3児の月命日には、供養に行っているという。

 一日も事故のことを忘れたことはない。心の中で謝罪してきた。続いたのは、許されることのない、答えの出ない時間だった。

 「解決のしようがないものがあるんだなと。終わりがないんです」。事故は続いている。

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 3児が犠牲となった福岡市の飲酒運転死亡事故から25日で10年となる。飲酒事故ゼロに向け、どう変わり、何が足りないのか。現状を報告する。

この記事は2016年08月21日付で、内容は当時のものです。

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