【揺らぐ裁き】(2)下 相次ぐ有罪への疑義

息子の無実証明のため闘い続けるユージェニアさん。トッド氏の墓には死刑執行日が刻まれる=米オクラホマ州アードモア近郊 拡大

息子の無実証明のため闘い続けるユージェニアさん。トッド氏の墓には死刑執行日が刻まれる=米オクラホマ州アードモア近郊

 面会はいつもガラス越しだった。ユージェニア・ウィリンガムさん(70)は夫とオクラホマ州アードモアの自宅から車で片道6時間かけ、息子のキャメロン・トッド・ウィリンガム死刑囚が収容されるテキサス州の施設に12年間通い続けた。

 「トッドは入ってすぐが一番つらそうだった。犯していない罪で、死刑囚となった現実を受け入れることは困難だった」

 自宅にはトッド氏が送った何百通もの手紙がある。「ここで私は生きているわけではない。存在しているだけだ」。ある日の手紙にこう書いた。「今ほど自分の人生が無意味でみじめだと感じる時はない」。別の手紙ではこう心情を吐露した。

 両親の面会と80人に及ぶ文通相手が死への時を刻むトッド氏を支えた。

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 事件はしかし、2004年2月17日の死刑執行直前に、「放火」への根本的な疑問を突き付ける鑑定書が現れる。

 同年1月末、火災が専門のジェラルド・ハーツ博士は、トッド氏の支援者から再鑑定を依頼された。裁判資料を取り寄せ、ハーツ氏は目を疑う。

 玄関ドア下部のアルミ枠の溶解が「燃焼促進剤を使い、高熱の火が出た証拠」とされているが、木もガソリンも炎の最高温度はほぼ同じ。しかも、アルミは木が燃えた炎の最高温度の半分程度で溶ける。

 ベッドの下まで燃えていることも「放火の証拠」とされたが、火災はフラッシュオーバーと呼ばれる爆発的燃焼が起きるとあらゆる場所が燃える。ガラス窓のクモの巣状の割れ目は「燃焼促進剤による急激な温度上昇」を示す証拠とされたが、科学的には「急激に冷やされた結果」、つまり放水により起きる現象だ。

 「玄関付近の油性反応」は、玄関近くに置いてあったバーベキュー用発火剤の成分と一致した。何より、放火の最大の根拠とされた「水たまりのような燃え跡」から油性反応が出ていない矛盾を判決は無視していた。

 ハーツ氏は20の現象を放火の証拠とするのは「科学ではなく、迷信」と全面否定。火災は「失火」と結論付け、2月13日、鑑定書を提出した。

 「ハーツ鑑定書」は州高裁、州恩赦仮釈放委員会、死刑執行停止の権限を持つ知事に届けられた。だが、いずれも却下する。トッド氏は予定通り17日午後6時、処刑された。

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 ところが、執行後も「放火」を全否定する鑑定が相次ぐ。08年の「テキサス州科学捜査委員会」など三つの調査で、計8人の専門家全員が火災は「失火」と結論付けた。

 トッド氏が「犯罪を告白した」と証言した元囚人が執行前の00年3月、検察官に証言の撤回を申し出ていたことも明らかになる。検察側は当時、トッド氏の弁護人にこの事実を伝えていない。米誌「ニューヨーカー」が09年、こうした事実を調査報道で掘り起こし、事件は全米に知れ渡った。

 10年9月、ユージェニアさんは州の地区裁判所に事件の再調査を求め請願を出す。同12月22日に出される予定だった判決はこう結論付けた。

 「圧倒的で信頼できる科学鑑定の結果、当裁判所はキャメロン・トッド・ウィリンガム元死刑囚の無実を宣告する」

 だが、この判決は直前の同21日、州高裁が手続き上問題があるとして言い渡しを禁じてしまう。

 ユージェニアさんは昨年10月、州恩赦仮釈放委員会に再調査を求める請願を出した。今はその結論を待つ。

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 トッド氏は執行時、部屋から刑場へと歩くことを拒み、担架で運ばれた。「自ら死に向かうわけではない」という無言の抗議。最後の言葉を聞かれ、「ただ一つ、私は無実だ」と答えた。

 もし、誤った死刑執行であったなら、わが子3人を殺した罪で命を絶たれた父親の無念は、想像を絶する。

=2013/07/20付 西日本新聞朝刊=

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