安否不明1人の重み 熊本地震

阿蘇大橋の崩落現場におにぎりを投げ入れる大和晃さんの両親 拡大

阿蘇大橋の崩落現場におにぎりを投げ入れる大和晃さんの両親

 心の整理もつけられず、抱えきれない悲しみに向き合う日々はどれほどつらいだろう。熊本地震発生後、1人、安否不明になっている阿蘇市の大学生、大和晃(ひかる)さん(22)の家族である。

 4月16日午前1時25分、熊本地震の本震時、大和さんは車を運転していて阿蘇大橋(南阿蘇村)を崩落させた土砂崩れに巻き込まれたとみられている。14日の前震に見舞われた熊本市の友人宅に15日、物資を届けた後、翌16日からの田植えの準備を手伝うために家路を急いでいたようだ。

 父卓也さん(58)と母忍さん(48)は、晃さんを「おとなしいが優しい」子と言う。2人は4月30日、捜索が事実上、打ち切りになった後も橋崩落の現場に毎日のように通っている。土砂で埋まった川底に、自家製のお米で握ったおにぎりを投げ入れる。忍さんの左腕には2人が成人の祝いに晃さんに贈った腕時計が巻かれている。「一緒に頑張っている」という証しだ。

 「子どもだから、私たちを待っているような気がするんです。ここに来ないと子どもに申し訳ない」「あそこにいるのは寒かろうし、暗かろうし」「会いたいです。つらいです」。2人の言葉一つ一つに晃さんへの愛情があふれる。

 本震から1カ月の5月16日には、手掛かりがあれば捜索が本格的に再開されると考え、阿蘇大橋が架かっていた黒川の下流域で情報提供を呼び掛けるチラシを配り始めた。

 地震により、熊本には途方もなく多くの課題が横たわる。苦しい思いをしている人や弱い立場にいる人に心を留めておかなければ、やがて切り捨てられる人や地域が出てくる。大和さん一家を孤立させてはならない。二次災害などを懸念して捜索を打ち切った関係者の無念も察するに余りあるが、何とか捜索を本格再開する手だてはないものか。そう訴えたいと思う。

 東日本大震災で被災した仙台市に本社のある河北新報の友人の記者から、はがきが届いた。消印は4月15日、前震の翌日である。「力になれることがあれば」とあった。返信を出す前に2信目をもらった。励ましの言葉がつづられていた。発生から5年余りが過ぎた東日本大震災の被災地では復興が進む一方、警察庁によると、行方不明者が今なお、2561人に上る。大地震がもたらす矛盾や無情、混沌(こんとん)を知る友人は、皆で支え合う大切さを教えてくれたのだと思う。

 「スーパーではおばあちゃんが『孫と同じ年なんよ』と涙して『頑張って』と声を掛けてくれて。早く見つけてあげて、皆さんにも帰れましたと報告したい」と忍さんは話す。晃さんを忘れずにいたい。家族の元に戻ってくるまで。
 (熊本総局長・一瀬文秀)

この記事は2016年05月27日付で、内容は当時のものです。

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