「可能性捨てない」 数百人態勢 夜まで捜索 二次災害懸念 入れぬ地域も 熊本地震

 土砂崩れなどによる安否不明者がいる熊本県南阿蘇村では自衛隊や警察、消防による捜索活動が18日も続いた。夕方から夜にかけて土砂の中から、心肺停止とみられる新たな2人が見つかった。本震から3日目。行方不明者の生存率が刻々と低下する中、隊員たちは「可能性は捨てない」と懸命の作業を続けた。

 同村河陽の高野台地区では、数百人の捜索隊が早朝から作業に当たった。15軒の集落の一部は土砂や岩石にのみ込まれた。この日、初めてショベルカーも投入。縫いぐるみやストーブ、絵本、手紙…。日用品が見つかると、スコップによる手作業に切り替え、作業は広範囲にわたった。

 「足が見えた」。午後4時すぎ、1人の声に緊張が走った。スコップを手に集まる隊員に「AED(自動体外式除細動器)の手配」と指示が飛ぶ。「大丈夫ですよ」「頑張ってください」と、反応がない中でも隊員たちは声を掛け続けた。1時間後、女性が救出された。心肺停止とみられ、表情をこわばらせた隊員たちの手で搬送された。

 同村長野では、ログハウスに宿泊していた2人が不明になっていたが、午後7時半に1人が見つかった。高台にあったログハウスは数十メートル押し流され、壊れた建物は大量の土砂や大木で覆われた。捜索は夜間も継続された。陸上自衛隊山口駐屯地の岩上隆安連隊長(43)は「不明者の生存率が下がる震災から72時間が迫っており、できる限り早く助けたい」と語った。

 大学生の大和晃(ひかる)さん(22)が行方不明になったとみられる阿蘇大橋(同村立野)付近では二次災害への懸念から、いまだ捜索隊が入れていない。大和さんの母親、忍さん(48)は「まさかこんなことになるとは…。晃に会いたい」とおえつを漏らし、早期の捜索、発見を願っている。

 ●犠牲の清田さん 「人を気遣ういいやつ」 東海大同級生 別れた直後下敷きに

 大学の入学直後、学生アパートで出会った彼は「友達をつくるのはそんなに得意じゃないから」とはにかんだ。2人は間もなく下の名前で呼び合う親友になった。熊本県南阿蘇村のアパート倒壊で亡くなった東海大1年清田啓介さん(18)の同級生、川上誉紘(よしひろ)さん(18)は「あと1時間一緒にいれば、助かったかも…」と悔やんだ。

 15日夜、2階の川上さんの部屋で一緒にアニメ映画「名探偵コナン」をテレビで見ていた。ゲームをして「おやすみ」と別れたのは16日に日付が変わった頃。約1時間後、激震に見舞われ1階の清田さんの部屋は跡形もなくなった。

 「俺が俺が、という性格じゃなくて、自分を後回しにして人を気遣うタイプ。控えめだけど、とてもいいやつでした」。2人は農学部で動物学を学び始めたばかりだった。「大学の授業が再開したら、ちゃんと勉強して動物に関わる仕事に就きたい。啓介の分も」

 同村の自宅で亡くなった増田フミヨさん(79)の夫、敬典(けいすけ)さん(78)は「立派な、がまだしもん(働き者)の妻だった」と振り返った。大学に合格した東京の孫に夫婦で会いに行こうとかばんを新調し、よもぎ餅を手作りして、あとは出発を待つばかりだった。「大学の門のところで孫と写真を撮るのを楽しみにしていた」。隣にフミヨさんはいないのが今も信じられない。

 同村の高田一美さん(62)も壊れた自宅の下敷きになった。一美さんを幼いころから知っているという山内征次さん(73)は「母親の面倒をよく見るいい子だった」。救助活動では飼い犬だけががれきの中から飛び出してきたという。「あの子のことだから、犬をかばったんじゃなかろうか…」

 同村の片島信夫さん(69)、利栄子さん(61)は夫婦で犠牲になった。町内の集まりが一緒だったという中島幸代さん(81)は「利栄ちゃんはカラオケ好きで人の良い、楽しい人だった。だんなさんも、毎日利栄ちゃんを職場に送り迎えしていた」としのんだ。

この記事は2016年04月19日付で、内容は当時のものです。

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