続く苦難 負けない 益城と南阿蘇で被災の中3少女 祖母に抱かれ無事 「子ども守れる大人に」 熊本地震

 熊本県益城町の14日夜の震度7と、同県南阿蘇村の16日未明の震度6強。2回とも最も揺れが大きかった場所で地震に遭遇した家族がいる。益城町に住む中学3年大塚笑夢(えむ)さん(14)の一家だ。益城で被災し、逃げた先の南阿蘇でも再び大地震に見舞われた。「怖かったけど、家族のとっさの判断のおかげで命がある」と笑夢さん。熊本県内では今も余震が続く。次に大きな地震があってもすぐにみんなで逃げられるようにと、気持ちを緩めずに避難所で暮らす。

 ゴゴゴ、ドーン。すさまじい地響きとともに体が左右に大きく揺れた。14日午後9時26分。夕食を終え、テレビを見ていた時だった。高校受験を見据えて4月から両親と離れて祖母の君代さん(61)と暮らす益城町の家で必死でこたつの中に頭を潜らせた。「笑夢ちゃん、笑夢ちゃん」。君代さんの声が聞こえた。「現実とは信じられなかった。とにかくびっくりした」

 停電して暗闇の中、足の踏み場のない床を手探りで外に出た。近くに住む叔父の家族4人と車内に逃げ込んだ。

 揺れは続いた。「とにかく逃げよう」-。誰からともなく提案し、日付が15日に変わった頃、君代さんの実家がある南阿蘇村へ。車に乗り6人で向かった。「阿蘇は電気も水も使えると聞き、何も買い込まずに向かった」と君代さん。到着したのは午前1時半ごろだったという。

 避難とはいえ、久しぶりの帰省に日中は家族だんらんを楽しんだ。みんなでバーベキューをし、全員で川の字になって寝た。

 それもつかの間。グラッ、ドドドン。再び地響きで目を覚ましたのは、布団の上だった。「えっ、また!」。君代さんが頭を抱きかかえるようにして守ってくれていた。「揺れは怖かったけど体温に安心した」。益城での経験から、枕元にLEDの懐中電灯を置いていた君代さんと外に出た。南阿蘇の家に1人で暮らしていた曽祖母(85)を連れ、今度は7人ですぐに益城へ向かった。途中、車載テレビから「阿蘇大橋崩壊」の情報。「こんなことがあるなんて」と思いながらも、迂回(うかい)を続け、約3時間かけて到着した。

 現在は、祖母や親戚らと益城町の体育館で過ごす笑夢さん。両親も無事で、熊本市の避難所にいる。笑夢さんは、2回の経験を基にいつも枕元にライトを用意して寝ている。「将来、子どもが生まれたら、私も守れる大人になりたい」と君代さんの手を握りしめた。

この記事は2016年04月20日付で、内容は当時のものです。

PR

社会 アクセスランキング

PR

注目のテーマ