泣かんでよか 母の声 がれきから「お守り」地蔵 益城町で犠牲 松野さん遺族 熊本地震

 地域全体が被災し、多くの犠牲者が出た熊本県益城町。愛する家族を失った人たちはがれきが散乱する中、悲しみをこらえて、懸命に前を向こうとしている。

 「お地蔵さんが見つかるなんて。母が『泣かんでよか』と言ってくれているような気がする」。20日、同町木山の松野良子さん(59)は、がれきの中から見つかった小さな像に手を合わせた。

 自宅は16日の本震で倒壊し、母ミス子さん(84)が亡くなった。約40年前、父健さん(85)の運転する車が踏切で脱輪した時、通行人が近くにあった地蔵の赤い前掛けを振って列車を止めてくれた。以来、ミス子さんはその地蔵の前掛けを盆と年末に新調して掛けた。今回見つかった地蔵は、地蔵を大事にしたミス子さんのために、良子さんが父を助けてくれた地蔵とは別の高さ約20センチの地蔵を自宅に飾っていた。

 見つけたのは、通りがかりに片付けを手伝ってくれた高校生や大学生の5人組。いつも子どもたちに「自分より人に良くせんといかん」と教えていたミス子さん。「母はいろんな縁に恵まれて百点満点の人生だったと思います」

 16日の本震で亡くなった同町安永の山内由美子さん(92)の葬儀は19日、町内の葬儀場で行われた。参列したのは同居していた長女坂田由理子さん(68)夫妻や孫など計7人。全員が被災者で喪服もなく、普段着の簡素な式だった。

 北海道生まれで、公務員の夫とともに全国を転勤し、最後に益城町に落ち着いた。「益城は古文書に出てくる由緒ある土地」と由美子さんが決めたという。

 由美子さんの近頃の口癖は「長生きしてごめんね」だった。「突然逝ってしまったのは、私にきつい介護をさせないためだったんじゃないか。それも優しかった母らしいとさえ思う」

 16日の本震で自宅の2階部分が倒壊した内村ミツエさん(79)は20日、がれきを片付けながら途方に暮れていた。「どこから手を付けていいか。せめてお父さんが生きていてくれたら」。あの夜、1階で一緒に寝ていた夫宗春さん(83)が亡くなった。遺体は火葬したが、葬儀は行わなかった。葬儀を出せていない遺族も多い。「親類みんな被災してるから」。山菜採りが趣味で「そろそろワラビを採りにいかないかん」と話していた宗春さん。ミツエさんは「2人でのんびり暮らしていたのに。毎日、『私だけ生き残ってごめんね』と手を合わせています」。

この記事は2016年04月21日付で、内容は当時のものです。

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