亡き息子へ鎮魂の電飾 中津・山国町の志川さん 飲酒運転で犠牲 きっかけ 「生きがいをくれた」 大分県

 各地でイルミネーションイベントたけなわの年の瀬。里山が広がる中津市山国町の国道212号沿いにある葬儀仏壇店を飾る2万個のLEDのイルミネーションは、近隣の日田市などからも見物客が訪れるほど。まばらな民家の光の中、ひときわ輝く電飾が始まったきっかけが、22年前の飲酒死亡事故だったことを知る人は少ない。

 「たぶん息子さんは駄目だろうと思います。諦めてください」

 1994年8月2日未明、神奈川県警から連絡を受けた。同町で葬祭業を営む志川文吾さん(72)の長男光生さん(享年23)が、横浜市で交通事故に遭い重体だという突然の電話。光生さんは地元の高校を卒業後、家業を継ぐため、同市で就職し、葬祭業を学んでいた。

 午前4時すぎに福岡空港に向かったのは覚えている。でもどこをどうやって横浜の病院まで行ったのか覚えていない。

 昼前にようやくたどり着いた病室のベッドには、顔中、体中を包帯で巻かれたわが子がいた。人工呼吸器によって辛うじて心臓が動いている状態だった。医師からは「脳死状態」と聞かされた。妻の晴子さん(74)は駆け寄り、光生さんの腕にすがったが快活だった息子の面影はなかった。

 光生さんは事故当時、頼まれて友人宅に車で荷物を運ぶ手伝いをしていた。深夜のバス停に駐車し運転席側から荷物を取り出していた。飲酒運転の男は交差点で100メートル先の検問を発見。急左折し猛スピードで逃げようとした際、前方にいた光生さんをはねたという。30メートル近く飛ばされた。即死でもおかしくなかった。「光生の手は温かかった。その手をさすってあげられた。みとらせてもくれた。親孝行な息子です」。志川さんのほおに涙が伝った。

 光生さんの葬式を終えると、気付けば年末だった。いつもなら光生さんの帰省を指より数えて待ちわびる時期なのにいとおしい息子はもういない。寂しさとわびしさに押しつぶされそうになった時、光生さんの初盆を照らしてくれた切り子灯籠の電飾が頭に浮かんだ。電飾で息子を明るく弔えば、自分たちも前向きになるんじゃないか。

 最初100個から始まったイルミネーション。年を追うごとに募る悲しみとも比例して500個、千個と増え続けた。飾り付けに没頭することで、年末の寂しさを紛らわせた。年々まばゆさを増す電飾は評判となり、町外からの見物人も増えた。

 20年以上続けるうちに、息子の鎮魂とともに、飲酒運転で奪われた多くの命への供養になればと思うようにもなった。「光生が、光の生きがいをくれたんだよ」。今年も来年1月3日まで、庭一面に光の花が咲き誇る。

この記事は2016年12月16日付で、内容は当時のものです。

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