介護保険の問題点は 福岡県介護福祉士会会長に聞く 「軽度」分離 地域格差招く 予防を充実し費用抑制を

 参院選が終わり、介護保険制度がまた変わろうとしている。政府の社会保障制度改革国民会議は近く最終報告書をまとめるが、軽度の支援が必要な人の介護保険からの切り離しが浮上している。介護現場で20年間働き、福岡県介護福祉士会の会長を務めて21年の因利恵さん(66)に、これまでの会の歩みを交えて介護保険をめぐる問題点などを聞いた。

 -因さんが介護現場で働き始めたのは、30年以上も前だそうですが。

 「1979年、子ども2人の育児が一段落し、福岡市の家庭奉仕員になりました。数年後、ホームヘルパーと名前が変わりました」

 -仕事の内容は?

 「週4日、障害者や高齢者のお宅への出張介護に当たりました。2時間みっちり、掃除や洗濯、入浴介助などをします。漫画が大好きな脳性まひのお子さんには、よく漫画を読んであげました。『あ』『や』など五つの言葉しか話せない方と意思疎通できた時はうれしかったですね。ただ、親の介護にヘルパーを呼ぶのは世間体が悪いと言われ、目立たないよう訪ねる家もありました」

 -思い出されることは?

 「『10年以上も花見をしていない』と嘆く85歳の女性を、車椅子で花見に連れ出しました。『死ぬ前にフランス料理を食べてみたい』とおっしゃる75歳の女性のために、懸命に店を探したことも。相手の気持ちを思いやってケアすれば、心は通じると学びました」

 -92年、福岡県介護福祉士会を発足させました。きっかけは?

 「87年に国家資格として介護福祉士が導入され、私たちヘルパーも続々とその資格を取りました。看護師など介護を取り巻くいろんな職種の人たちと対等に働けるように、職能団体が必要と考えました。と同時に、介護のプロとしてもっとスキルアップ(技術向上)が必要だと、研修を充実させました。介護職の処遇改善のため、署名や国への提言活動にも取り組みました」

 -そして2000年、介護保険が始まりました。

 「私は国の公聴会で、やむを得ず賛成の立場で意見を述べました。これまで地域によっては十分なサービスが受けられない方々がいたからです。ただ、受益者(利用者)一律1割負担には今も大きな疑問があります。収入や資産に応じた応能負担に変えるべきです」

 -介護保険の功罪は?

 「介護が必要な人が堂々とサービスが使えるようになったのは素晴らしいこと。一方で『介護ビジネスはもうかる』と民間がどっと参入し、利用者を商品化したきらいがあります」

 -介護職の人材不足が続いています。

 「これから75歳以上の後期高齢者が増大するというのに、大きな問題です。原因は労働の割に賃金が低いこと。処遇改善交付金の導入でいくらか効果がありましたが、まだ不十分です。また、掃除や入浴・排せつ介助に、介護ロボットを積極的に導入すべきです」

 -国民会議は、要支援1、2の人に対するサービスを、介護保険から市町村
事業に移行する方向を打ち出すとみられています。

 「財政が苦しい市町村が多いため、地域によってサービスに格差が生じるでしょう。国はボランティアの活用を勧めますが、プロのケアはできません。そもそも、軽度の人への介護予防事業の充実が介護費用の抑制につながるのに、逆の方向です。ほかに削れる部分はあるはずです」

 -例えば?

 「介護保険の認定審査のコストは1人あたり2万円といいます。全ての申請に対して調査員を雇い、審査会を開くからです。それを簡素化し、判定が難しい人だけ審査会の判断を仰げばいいのです。一方で、限度額ぎりぎりまでサービスを使わせようとする事業者も見受けられます。費用が国民の税金であることを認識し、節度を持つべきです」

 -欧州などの福祉先進国と比べた日本の介護は?

 「いろんな国の介護現場を視察しましたが、私は日本の介護技術は世界最高レベルだと思います。きまじめさと丁寧さが、日本人介護者の美徳です」

 -今年、マレーシアの介護現場も視察しましたね。

 「要介護者を収容する寺を訪ねました。現地で介護はまだ慈善事業なのです。認知症など約80人の人がベッドや柵に縛り付けられていて、思わず足がすくみました。そうした海外の悲惨な現状も、私たちは変えていかないといけません」

 -最後に介護で最も大切なことは?

 「人生の最期の時をいかに輝き、満足して旅立ってもらうか。そこに喜びを見いだせる人が、真の介護者だと思います」

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 ▼いん・としえ 1947年生まれ。福岡県介護福祉士会会長。日本ホームヘルパー協会会長。筑紫女学園大学非常勤講師。

=2013/08/01付 西日本新聞朝刊=

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