熊本地震と記者 この一本に寄せて<2>紙面に現場の息づかい

 ●4月15日付朝刊第2社会面

 ブォッ、ブォッ。突然360度で鳴りだした緊急地震速報に、危機に直面した宇宙船にいるような錯覚に陥った。4月14日午後9時半前、福岡市・天神の本社編集センターで、朝刊15版(九州南部向け)の第2社会面を作っている最中だった。熊本地震が発生した。

 直ちに記者が熊本県内各地へ走ったが、状況が分からない。「地震はまず社会面に突っ込む。2社面はそのまま行け!」。デスクの指示を受け、熊本などに配られる16版に向け身構えた。

 新聞編集は時間との闘いだ。原稿や写真に、自らひねり出す見出し。頭の中で「陣取り合戦」を繰り広げる素材を限られた時間でレイアウトする。紙面データを印刷に送る「降版」時間は、配達区域によって異なるため、同じ面でも「版」ごとに何度も締め切りがやってくる。

 「あーもう、ルビ(の振り方)が分からん」。16版の編集を、隣で手伝う同僚がうめく。普段なら何ということもないパソコン操作に混乱しているが、こちらも頭がしびれ、キーボードを打つ手が焦る。入電し始めた写真から、甚大な被害の一端が見えてくる。崩落した熊本城の石垣をできるだけ大きく使うには…。現場から届く息づかいを伝えようと無我夢中だった。

 続く18版からは地震一色になり、メイン写真も入れ替え。最終19版は、再び石垣の写真を配し、締め切り間際に入ってきた、地震の恐怖が生々しい原稿を流す。倒壊した家屋や避難する住民など、編集センターに届いただけで写真は100枚を超える。刻々と変わった紙面。相次ぐ余震を踏まえ「各地に傷 やまぬ余震」の見出しをつけた。正直、言葉を練り込む余裕はないままだった。その後、本震が起きるとは考えもしなかった。

 あれから半年。熊本地震関連の記事が掲載されない日はなく、息の長い報道が続く。「復興へ一歩」「被災地癒やす」。見出しを紋切り型に収めそうになるたびに自問する。被災地で生きる一人一人を意識しているか、と。もし異なる版を目にする機会があれば、紙面の変化は編集者の奮闘の跡だと思ってほしい。

 ▼かわの・だいすけ 福岡県みやま市出身、2008年入社。筑豊総局、八代支局を経て14年から本社編集センター勤務。32歳。

この記事は2016年10月18日付で、内容は当時のものです。

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