高炉がランドマーク 東田の115年 先導役 スペースワールドの挑戦 福岡県

 「テレビで北九州市の特集があると、小倉城とセットで放映される。誇らしいですよ」。昨年4月、開業25周年を迎えた遊園地スペースワールド(八幡東区)。企画・営業部長を務める島田直幸さん(50)の表情が緩んだ。お経を流すジェットコースターなど何かと話題に事欠かない同園だが、四半世紀の道のりは決して平たんではなかった。

 八幡製鉄と富士製鉄の合併で新日本製鉄が誕生してから2年後の1972年、東田第一高炉(同)の火が消えた。競争力強化などを背景にした合理化の波は、日本の近代化と戦後の高度経済成長を支えた「鉄都」の基点に終止符を打った。

 それから17年。「この新規事業は、是が非でも成功させなければいけない」。開園を1年後に控えた89年春、スペースワールドに社員1期生として入社した島田さんは、上司の言葉を覚えている。大分県日田市出身。大学で物理を学んだ。もともと星好き。宇宙にちなんだテーマパークを造ると聞き、胸が躍った。

 スペースワールドは当時、鉄鋼不況にあえぐ新日鉄が経営多角化の一環として、第一高炉周辺の工場跡地に計画。宇宙飛行士の訓練を模擬体験できる施設に遊園地も併設し90年4月、「すごい熱気と覚悟」(島田さん)の中、船出した。

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 絶叫マシンの導入などに携わった島田さんは99年、八幡製鉄所の創業100周年を記念し東田地区で2001年に開く「北九州博覧祭」への出向を命じられ、02年まで集客を担当した。この間、JR鹿児島線の八幡-枝光両駅の間にスペースワールド駅が開業。「東田が変わる」。大きなうねりを肌で感じていた。

 だが、スペースワールドは窮地に立たされていた。ピーク時に230万人あった年間来場者は03年度、180万人に減少。「最新遊具を毎年のように導入し、集客を図る手法が手詰まりになっていた」。05年5月、民事再生法の適用を申請。経営を北海道のリゾート会社「加森観光」が譲り受けた。

 プールやアイススケート場の開設、年間フリーパスの大幅値下げ…。若者に加え子どもやその保護者、高齢者も取り込もうと知恵を絞った新生スペースワールドが、来場者減に歯止めをかけたのは08年度だった。14年には「カピバランド」を新設。カピバラやウサギを飼育し老若男女の人気を集める。

 北九州市によると昨年、市内で最も観光客を集めたのは566万人の小倉都心部。2位は門司港地区の242万人で、232万人の東田地区が迫る。「インバウンド(訪日外国人客)も取り込みながら、皿倉山などと連携を深めていきたい」と島田さん。スペースワールドの挑戦は続く。

 ▼北九州博覧祭 東田地区の約29ヘクタールで2001年7~11月に開かれ、約215万8000人が訪れた。テーマは「響きあう 人・まち・技術」。官営八幡製鉄所誕生以来の北九州の歴史を紹介した「北九州交流館」などパビリオン35館が立ち並び、北九州市や地元企業などのほか、海外からモンゴルや中国・大連市などが出展。一部の建物は現在、「北九州市立いのちのたび博物館」などに活用されている。

この記事は2016年10月20日付で、内容は当時のものです。

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