まちの応援団長 逝く 飯塚市の陶芸家・二宮教さん 享年51 児童見守り、商店街盛り上げ… 福岡県

 ●地域を愛し、住民に慕われ

 葬儀で喪主を務めたのは、高校生の長男だった。飯塚市八木山で「如水(にょすい)窯」を主宰していた陶芸家、二宮教(おしえ)さんが1月30日、亡くなった。51歳だった。

 陶芸家の顔と並び、蓮台寺、鎮西地区を中心とした子どもの見守り、消防団活動、花見や月見などのイベント主催、飯塚市の中心商店街のPR活動などまちづくりのリーダーとして知る人が多い。

 胃がんが分かり、全摘手術を受けたのが2015年6月。100キロ近くあった体重は、60キロ台まで落ちた。ほぼ1年半。詳しい病状を家族にも明かさず、病と闘い続けた。周りに心配を掛けたくない一心だった。

 容体が急変したのは年明け。嘉穂高に通う長男は修学旅行を控えていた。留守にしている間にもしものことがあったらと、旅行をためらう長男を「絶対に行け。俺は待っているから」と送り出した。自分のせいで息子が楽しい修学旅行に行けなかったら悔やんでも悔やみきれないとの思いがあったのだろう。

 長男は旅行に行き、無事に帰ってきて、お土産の毛布を渡した。その数時間後、二宮さんは安心したように息を引き取った。

 入退院を繰り返しながらも、「俺はどうもない」と言い続けた。嘉穂高時代に応援団員として培った、自分のことは後回しに人を支える気持ちがあった。病状が悪化した昨年12月、飯塚の中心商店街であった「チャリティー大乾杯会」の座席券を買った人の多くは、二宮さんから声を掛けられたという。寂れる飯塚を何とかしたいと思い、動き続けた「まちの応援団長」だった。

 悲しい葬式にしてくれるなとの遺言通り、1日の葬儀の会場には嘉穂高の校歌のメロディーが流れ、式前には「みんな応援しとーき 頑張れよ」との二宮さんのメッセージがスクリーンに映し出された。参列者への謝辞で長男は「お父さん、僕が旅行から帰ってくるのを待つという約束を守ってくれてありがとう。僕も頑張る」と述べた。その姿に、これから一家を支えていく決心があった。

 前日の通夜を合わせると千数百人が訪れ、会場は人であふれ、出棺の際には応援団の後輩がエールを切り、見送った。語り足りないことが多すぎる。仲間たちが、近く嘉穂劇場でお別れの会を計画している。

この記事は2017年02月03日付で、内容は当時のものです。

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