【こんにちは!あかちゃん 第8部】「産後うつ」と向き合う<1>「心の電池」が切れて…

双子の息子たちに絵本を読み聞かせる雪松直子さん。「産後うつの経験を子育てや母親の支援に生かしていきたい」と話す 拡大

双子の息子たちに絵本を読み聞かせる雪松直子さん。「産後うつの経験を子育てや母親の支援に生かしていきたい」と話す

 踏切の警報器が鳴っている。1歳の長男を乗せて自転車ごと飛び込もうとしたその時だった。電車を見て喜ぶ長男の笑い声に、現実へと引き戻される。「ごめんね、ごめんね…」。涙があふれて止まらなかった。

 長崎市で暮らすスクールカウンセラーの宮崎弘美さん(45)は17年前、長男を出産後、体調の変化に襲われた。生後すぐ長男に腫瘍が見つかり、手術と看護で連日の病院通い。そのうちに母乳が止まったのだ。

 長男は退院後も傷が痛むのか、昼夜泣き続けた。それでも「お母さんがしっかりしないと」という助産師の言葉がのしかかり、気が抜けなかった。疲れが取れない。眠れない。アトピーや肺炎など、長男が病気になるたびに自分を責めた。時々、死にたくなった。

 育児や家事に協力的だった夫に話しても、気は休まらなかった。異変は次第にエスカレートする。買い物でお釣りが計算できない。子どもと遊んでいると記憶が途切れてしまう。ある日突然、テレビの音が二カ国語放送に聞こえてきた。

 「私が、壊れたんだ…」

 精神科に入院した。「これで無意識のうちに息子を傷つけなくて済む」。出産から3年が過ぎていた。

 《産後うつ-。赤ちゃんを産んでから数週間から数カ月以内に発症する病気である。2009年度の厚生労働科学研究によると、産後の女性の10・3%に発症が疑われるという。「10人に1人」という身近な病気であり、誰にでも可能性があるにもかかわらず、気付かずに苦しみ続けている人は少なくない》

 「心の電池が切れたようでした」。福岡県宗像市の雪松直子さん(34)の場合、2度目の出産を機に、心が不安定になった。

 26歳で産んだ第1子(長女)の時は順調だった。それから2年後、双子を授かる。「宝くじが当たったようにうれしかった」はずなのに、妊娠中から胎児の状態が芳しくなく、早産防止などの手術を重ねた。入院中、実家に預けた長女も心配だった。多忙な夫はなかなか見舞いに来られず、たまらなく寂しかった。

 何とか耐えて07年12月、無事に出産した。心底、ほっとした。ところが3人の子育てに追われるうちに、精神も体力も消耗していった。夫は育児や家事に積極的だが、仕事があって関わる時間はどうしても限られる。実家は関西で頼れない。とうとう不注意で長女にやけどをさせてしまった。

 「もう限界…」。翌年の秋、実家に帰った。両親に子どもを見てもらうようになると、体が休まり、それに伴って心も落ち着いていった。「あのまま助けを求めていなかったら、もっとひどいことになっていました」。その間、インターネットで産後うつについて調べ、自己診断チェックもしてみたが、当てはまるかどうか迷う項目が多かった。

 「うつの場合、自分の状態がどれだけ悪いか、体温計のようにはっきり分かる物差しがない。自分は大丈夫だと思って、なかなか『助けて』と言えないんです」

 今、多胎児や発達障害の子を育てる母親の支援団体「プリズム」の活動に取り組んでいる。「ちょっと大変かも」と気軽に話せるようなサポートができたら-苦い経験を乗り越えたからこそ、そう思える。


 ●経験通して考えたい

 この連載の取材を始めたころ、身近な友人や知人に尋ねてみた。「出産後、心と体の状態はどうだったか」と。意外だったのは「望んで産んだ子なのに、疲れ切って、かわいいと思えなかった」と答える人が多かったことだ。

 折しも、取材を進めていく途中で自分の妊娠が分かり、出産後に女性の心と体がどう変化していくのか、より身近な問題として考えるようになった。そして産後だけでなく、妊娠中もつわりなどで体調が安定せず、気分が沈んだり、心も不安定になったりすることも身をもって知った。

 政府は今年5月、少子化対策の一環として「産後ケア」の強化方針を打ち出した。産後の悩みや孤立感に苦しむ人は少なくなく、それが児童虐待につながっている現状もあるからだ。

 そうした中で、ようやく理解が進み始めた「産後うつ」。どんな病気で、どう対処し、周りはどう支えればいいのか。連載を通して考えたい。


=2013/08/06付 西日本新聞朝刊=

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