若戸大橋の下に「幻の島」 古い絵地図に「古城」表記 安全航行のため削り取られる 福岡県

 福岡県北九州市の若松区と戸畑区を結ぶ若戸大橋。そのほぼ真下の洞海湾に、島があったのをご存じだろうか。地図を見ると約80年前まで島が描かれ、島に「古城」の表記がある古地図も。今は影も形もない「幻の島」の正体を探った。

 「ねえ、島はどこー?」。3月25日の土曜日、洞海湾に浮かぶ船の上。海の中をのぞき込む子どもたちが一様に首をかしげた。若松区役所などでつくる実行委員会が、親子向けに企画した「洞海湾クルージング」。幻の島の手掛かりを求め同船させてもらった。

 若戸大橋の若松側のたもとを発着点に、洞海湾を巡る約1時間のコース。官営八幡製鉄所旧本事務所(八幡東区)をはじめ、石炭と製鉄で栄えた街の名残を楽しむことができたが、島の存在をうかがえる跡は何一つなかった。

 ならばと、郷土史研究家で旧古河鉱業若松ビル(若松区)の館長若宮幸一さん(69)を訪ね、教えを請うた。島は「河〓(〓は「しろへん」に「斗」)(かば)島」と呼ばれ、「中ノ島」などの別名もあったという。古い絵地図を見せてくれた。「若松町」と「戸畑村」に挟まれた洞海湾に浮かぶ小島に、「古城」の文字。江戸期、豊前国と筑前国のほぼ境にあった島には、福岡藩の出城として「若松城」が築かれていたが、徳川幕府による一国一城令(1615年)で廃城となったという。

 若宮さんは1901(明治34)年ごろの撮影とされる島の写真を取り出した。煙突から黒煙が上がる。島は海抜数メートルで、コークス工場や貯炭場があったという。日本一の石炭積み出し港になった若松港のにぎわいの一端がのぞく。

 35(昭和10)年発行の地図にも島は載っている。しかし、その5年後、姿を消す。若宮さんによると、洞海湾を行き交う船舶の大型化などに伴い、島周辺の操船が難しくなったため国が40年、削り取る工事に着手。1年足らずでなくなったという。

 島の痕跡はやはりないのか-。肩を落とす記者に、「戸畑区役所の旧庁舎前に行ってごらん」と若宮さん。高さ1メートルもない石が置かれ、表面には「河〓(〓は「しろへん」に「斗」)嶋記念石」と刻まれている。あった!! 島から持ち出された石という。数奇な運命をたどった「幻の島」の存在を確かに感じた。

この記事は2017年04月15日付で、内容は当時のものです。

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