がん克服 初の1勝 福岡・鞍手高3年、小原未有さん 亡き父親へ「頑張ったよ」

 がん告知から5年となる夏、福岡県直方市の鞍手高3年、小原未有さん(18)は憧れの大舞台で初の1勝を挙げた。2009年夏に父英範さん=当時(39)=を亡くし、2年後に自らも大病を患った。つらい時期を乗り越え、チームの目標だった玉竜旗の初戦突破も果たした。「ここまで見守ってくれてありがとう。頑張ったよ」。会場から亡き父にこう報告した。

 剣道の選手だった両親の影響で6歳から竹刀を握った。11歳の夏、試合や稽古を見守ってくれていた父が病気で急逝。悲しみは剣道にぶつけてきた。12歳の時、初めて見学した玉竜旗の迫力に圧倒され、「いつか、ここで」と誓った。

 だが、13歳の夏休みに重い宣告を受けた。稽古中によく転ぶようになり、病院で右脚の骨のがん「骨肉腫」と診断された。約10カ月の入院。抗がん剤治療中は髪が抜け、腰骨を脚に移植する手術の結果、右膝から下はまひした。医師からは「術後も5年間は再発の可能性がある」と言われた。

 剣道への情熱が苦境を支えた。入院中も筋力トレーニングに励み、退院2カ月後に中学の剣道部に復帰した。まひした右脚は装具で固定しているため、動きは制限される。得意だった攻めのスタイルは封印し、返し技の稽古に精を出した。

 高校に進学し、玉竜旗の最初の年は補欠。2年で副将となり試合に出たが、初戦で小手を狙った一振りがかわされ面を奪われ敗北。チームも敗れた。「雰囲気にのまれた」と振り返る。

 再び副将として迎えた最後の夏。初戦で、封印したはずの攻めで相手副将の隙を突き、胴を決めた。続く大将戦も引き分けに持ち込み、2回戦進出。自らは相手中堅と引き分けに持ち込んだが、チームは惜しくも敗れた。「みんなで頑張った結果。悔いはない」。剣道部はこれで引退となるが、大学進学後も続けるかは体調次第という。

 「病気は嫌。でも、病気になって、周囲の人に常に支えられていることに気付いた。今日は緊張せず、冷静に、狙い通りの剣道ができた」。感謝の気持ちを込め、竹刀を置いた。

この記事は2016年07月26日付で、内容は当時のものです。

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