【こんにちは!あかちゃん 第9部】核家族化の裏側で<3>血縁を超えて結ばれ

 兄と妹で親の膝を奪い合い、なだめられて半分ずつ腰掛け、仲良く図鑑を眺める-どこにでもある家族の光景だろう。違うのは、そこに血のつながりがないということだけだ。

 福岡県内の会社に勤める正さん(44)=仮名=は妻(45)と長男(6)、長女(3)の4人で暮らす核家族。2人の子は特別養子縁組により、生後半年ほどで乳児院から引き取った。

 この夏はキャンプに出掛け、こんがり日焼けした。子どもたちは恐竜が大好きで「難しい名前も知ってるんですよ」。日々成長を実感し、子どもを迎えた幸せをかみしめる。

 結婚したのは約20年前。なかなかあかちゃんを授からず、30代前半から不妊治療に取り組んだ。原因ははっきりせず、体外受精も試みる。「通院や注射などで妻に圧倒的に負担をかけているのが申し訳なくて…」

 《厚生労働省の国民生活基礎調査によると、子どものいない夫婦をはじめとする「2人世帯」は3割に上り、全世帯に占める割合が最も高くなっている。晩婚化、晩産化が背景にある一方、不妊に悩む人も増えており、子どもを望む「2人世帯」は少なくない》

 当時は互いにいらつき、ささいなことで口げんかが絶えなかった。妻は不妊治療が生活の全てになってしまう。治療に200万円以上を費やし、貯金は底をついた。「もうやめよう。2人で生きていこう」。妻は抜け殻のようになった。

 そんな時、お盆の短い期間だけ、児童養護施設にいる女の子を預かることにした。ずっと憧れていた川の字で寝た。にぎやかな食卓。無邪気な笑顔は、治療でボロボロになった心に明かりをともした。たった数日間だったが、そこには求めていた「家族」があった。施設に帰すときは離れたくなくて寂しさが募った。

 その経験から「子どもを迎えたい」と考えるようになった。半面、わずかな不安も。「血のつながらない子を育てられるだろうか」。正式に迎える前、長男となる子が何度か泊まりに来た。繰り返すうちに、別れ際、その子は名残惜しそうに涙を流すようになった。「自分たちがこの子の家族なんだ」。不安は消えた。

 《ただ、日本では養子や里親への理解度は低い。親が育てられない子の9割近くが施設で暮らしており、欧米諸国と比べて著しく高くなっている。西南学院大学人間科学部教授の山本裕子さんは、特にキリスト教圏で「社会の子」という意識が高いのに比べ、日本は「子は親に帰属し、血縁へのこだわりも強い傾向がある」と指摘する》

 互いの実家の親は「自分たちで決めたことなら」と応援してくれた。ただ、ほかの養親や里親からは「孫は欲しいけど、血縁のない子を育てるなんて」と反対されたケースを耳にした。

 正さん自身も、不妊治療を諦めるまで特別養子縁組などの制度についてよく知らなかった。「治療を受けていた病院にパンフレットでも置いてあれば、選択肢が増えると思う。自分たちも、もっと早く決断していたかもしれない」

 近所の人たちには、あらかじめ特別養子縁組をしたことを告げている。おなかが大きくなかったのに、突然、小さい子どもがやって来ても驚かれないように。

 どこからか、わが子の耳に入る可能性もある。「その前に自分たちの口から伝えたい」と、まだ6歳と3歳で理解できる年齢ではないが、乳児院に連れていって「ここにいたんだよ」と説明しているという。

 《養子は戦後に家制度が廃止されるまで珍しくなかった。ただ、家督相続に重きが置かれ「子の福祉」の視点は欠けていた。山本さんによると「今は子が育つ環境として、家族の重要性が認識されている」という。さらに核家族化が進めば、血や家に対する社会の意識は変わるだろうか》

 正さんも「血のつながりって何だろう」と時々考える。答えはまだ見えない。はっきり言えるのは「子どもたちを精いっぱい愛している」ということだ。

 将来は、礼儀正しく、人に迷惑を掛けない子に育ってほしい-。そう願う親子関係も、どこにでもある家族の光景だ。

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 ●メモ=特別養子縁組

 血縁関係のない大人と子どもが法律上の親子関係を結ぶ制度。実の親との法的な関係を断ち、戸籍にも「長男」などと記載される。1988年に国が制度化した。家庭裁判所の審判を経て成立する。原則として子どもが6歳未満、育ての親は成人した夫婦で一方は25歳以上-などの条件がある。最高裁判所の統計によると、昨年は339件で、ここ数年は300件前後で推移している。このほか、実の親との親族関係が存続して戸籍には「養子」と記される「普通養子縁組」がある。「里親」は、原則18歳未満の子を預かって家庭で育てる制度で、戸籍に変更はない。

=2013/09/05付 西日本新聞朝刊=

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