【人の縁の物語】<35>「自分史」絆を次代へ 親や夫の歩みを残す人も

松井幸繁さん(左)と道子さん(右)に囲まれ、笑みを浮かべる長女の渕上綾子さん(中央)。両親への感謝の気持ちを込めて「夫婦メモリー」を贈った 拡大

松井幸繁さん(左)と道子さん(右)に囲まれ、笑みを浮かべる長女の渕上綾子さん(中央)。両親への感謝の気持ちを込めて「夫婦メモリー」を贈った

 「自分史」と言われてどんなイメージを持つだろう。老後に人生の軌跡を振り返り、自分で筆を執るのが代表的だが、最近は子どもから老いた親へ思い出アルバムを贈ったり、死別した夫を追悼して文章にまとめたりと、その形態は多様になっている。何が自分史づくりに心を向かわせるのか。

 娘からの贈り物を大切にしている。福岡県宗像市の松井幸繁さん(78)と道子さん(77)夫妻は、ハードカバーで装丁された「夫婦メモリー」を手に笑みを浮かべた。

 二人は1958年に結婚。それから55年の歩みが53ページ、111点の写真とともに克明につづられている。「こげな本になって…。恥ずかしか」と幸繁さん。「親戚から寄せ書きをもらってうれしかった」と道子さんもうなずく。

 自分史の夫婦版といえる思い出のアルバム。長女の渕上綾子さん(54)が業者に頼んで十数万円かけて制作し、昨年の冬にプレゼントした。綾子さんは「気がつくと自分も人生の折り返しを過ぎ、親も年老いた。感謝の気持ちを伝えないまま人生が終わると後悔してしまいそうだったから」と話し、笑みを浮かべた。

 「夫の人生を、3人の子どもたちに伝えたかった」。昨夏、福岡県太宰府市の職員だった森田良一さん(享年57)を亡くした妻の真佐江さん(58)は、夫の“自分史”を作った理由をこう語る。

 職場で半袖シャツに草履姿を貫いた良一さん。人に優しく、人と触れ合う現場を大切にした。人権問題に奔走し、数多くの仲間をつくった。がんと闘病しながら、定年を前にこの世を去った。

 葬儀には800人近い弔問客が押し寄せた。夫の職場の同僚から、真っ向勝負で仕事に打ち込んできた姿を聞かされた。普段は無口で、家では仕事の話を一切しなかったのに…。

 仏壇の前で泣き暮らす日々。次第に思いがこみ上げてきた。「夫のすごさを知らなかった自分が恥ずかしかった。何より、それを子どもに伝えることができなかった」

 1990年から続く北九州市自分史文学賞。毎年300~400点の応募があり、7割が60歳以上の男性という。「自分の生き様とその時代の空気を子や孫に残したいと願う人が多い」(市文化振興課)という。

 戦後の復興から高度成長期を生き抜いてきたシニア世代。お父さんは外で身を粉に働き、お母さんは家を守る-それが当たり前の時代だった。人生の終焉に近づいた時、子どももパートナーも、お互いをよく知らなかったことに気づく人も多いのではないか。

 「血のつながりや夫婦の縁を持ちながら空白がある。その空白を本にすることで埋められれば、絆を次世代へとバトンタッチできるのではないでしょうか」。松井夫妻と森田さんの自分史づくりをサポートした「ゆなさプロデュース」の浜田安代さん(64)は、そう話していた。

=2013/09/24付 西日本新聞朝刊=

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