特攻6400人の悲劇 「戦争の不条理」伝え

 彼らが乗り込み、南の空へと向かった戦闘機の一つ「飛燕(ひえん)」を囲むように、1036人の遺影と遺書などが展示されている。

 鹿児島県南九州市にある知覧特攻平和会館には、年間50万人を上回る見学者が訪れる。そこには太平洋戦争末期、本土南端の旧日本陸軍知覧飛行場ばかりでなく、九州各地などから沖縄戦へと飛び立った10代、20代の陸軍特攻隊員たちの生と死の証しが記録されている。

 その一人である安部正也大尉は、福岡県出身、21歳、1945年5月4日戦死とある。音声ガイドからこんな足跡が流れてきた。

 〈4月29日、知覧から出撃するも、エンジンが故障し、鹿児島南方60キロの黒島に不時着。安部大尉は無事だったが、島には同様に不時着し、大やけどを負った隊員がいた。安部大尉は島民の助けを借り、手こぎの伝馬船で知覧へ。再出撃の折、薬とキャラメルを島に投下。隊員は生き、安部大尉は戦死した〉

 南九州市は今年、同会館が保存展示する特攻隊員の遺書や手紙など333点を世界記憶遺産に登録するよう申請、国内外に波紋を広げた。6月の国内候補選定からは外れたが、同市は申請を続ける。その提案者となったのが安部大尉の遺族である福島昂(たかし)さん(79)=東京都。申請には安部大尉の遺書も含まれた。


 提案のきっかけは2011年、福岡県田川地区の炭鉱労働者たちの姿を活写した、故山本作兵衛の炭鉱記録画の世界記憶遺産登録。福島さんにとって、隊員たちが記した遺書群は、戦争の不条理を訴える「記録画」に思えた。

 「特攻を自殺兵器、狂信と捉える人たちがいる。その行為自体は許されるものではない。だが、隊員たちが直筆に込めたラストメッセージを、私たちは理解しているだろうか。実は、平和のための宝物ではないか」。田川市の関係者にも会い、登録申請の動きにつなげていった。

 遺書では「お母さん」「母様」の書き出しが目立つ。〈父ハスガタコソミエザルモ イツデモオマエタチヲ見テイル〉。幼子に読めるよう、カタカナでつづられた遺書もある。〈智恵子 会いたい 話したい 無性に〉。婚約者へのラブレターもある。「皇国」「必中必沈」ばかりではない。彼らは戦争によって最も失いたくない、かけがえのないものを最後に記した。

 同館学芸員の木場愛美さん(26)は「世界的にも旧日本兵ほど戦争中、遺書や日記を残したケースは例がない。ただ、遺書をどう読み解き、それを考える意味をどう伝えていけばいいのか。私たちも手探りを続けている」。海外メディアからは質問攻めに遭う。


 かつて知覧の特攻隊員たちが通った軍の指定食堂「富屋食堂」。「特攻の母」と親しまれた経営者の鳥浜トメさんは1992年、89歳で亡くなった。食堂は資料館「ホタル館」となり、今は孫の明久さん(53)が特攻を語り継ぐ。

 「隊員たちは死を恐れず、みんなにっこり笑って出撃したといわれる。でも、それぞれに古里があり、親がいて、愛する人もいた。笑って行けるはずがない」。明久さんは、トメさんから聞いた話をそのまま伝え続ける。

 トメさんが体調を崩し、入院していたころ、病室のテレビでは湾岸戦争のニュースが流れていた。あの時代と同じように、戦地に向かう米兵の笑顔があった。トメさんはテレビに向かって言った。「早くやめさせなければ」。戦後70年を前に、自衛隊の海外での武力行使に道を開く集団的自衛権行使容認の閣議決定をしたこの国に、トメさんなら何と言うだろう。

 あの時代、特攻の最前線基地となった九州。約6400人が戦死したとされる特攻の史実から、私たちは何を学び、どう語り継げばいいのか。国内外の証言などをつなぎ、考えてみる。

基地 九州22ヵ所

 太平洋戦争中、九州には軍の飛行場=防衛省防衛研究所戦史研究センターのデータに基づく赤色丸の飛行機マーク=が多数存在し、戦争末期の沖縄戦では、爆弾を装着して米艦に体当たりする特攻機の出撃拠点となった。

 同センターや特攻隊戦没者慰霊顕彰会(東京)、知覧特攻平和会館(鹿児島県南九州市)によると、旧海軍と旧陸軍の航空特攻の出撃基地は、福岡、大分、熊本、宮崎、鹿児島の5県で計22飛行場に上る。

 出撃機数と戦没者数は、海軍=青色円と棒グラフ=では鹿児島県・鹿屋の449機、833人が最も多く、陸軍=緑色円と棒グラフ=では同県・知覧の405機、406人が最多。

 また、沖縄戦が始まった後、海軍は九州各地の海岸に、魚雷や爆弾を装着した特殊潜航艇=蛟(こう)竜、海竜=や、魚雷を改造した回天といった水中特攻兵器、高速艇に爆弾を積んだ水上特攻兵器(震洋)の発進基地=紺色帯=を設けた。上陸を水際で阻止する作戦だったが、終戦で実戦はなかった。

世界記憶遺産

 国連教育科学文化機関(ユネスコ)が登録する世界の人々の記憶に残すべき重要な遺産。文書、書籍、絵画、写真、音楽などの保護を目的に、1992年に創設された。専門家による国際諮問委員会が審査する。人権宣言(フランス)、アンネの日記(オランダ)、清朝時代の満州語による機密文書(中国)など301件が登録されている。

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