【終戦8・15の証言】祖国戻るまで死ねぬ

中村 友三郎さん(90)=長崎県諫早市

 玉音放送は聞いていない。終戦直後、旧満州(中国東北部)のソ連国境付近で敵に囲まれ、必死に逃げた。10日ほど過ぎてソ連兵に見つかり、朝鮮半島の収容所に連れて行かれた。

 ある日、収容されていた日本人全員が広場に集められた。300メートル先の土手には逃亡した2人。両手を高く上げたかと思うと、ばったり倒れた。狙撃兵による処刑だった。2人は最期に何と叫んだのだろう。「天皇陛下万歳」か「お父さん、お母さん」か。言葉にできない思いに打たれた。

 シベリアに移ってからは、マイナス40度でも岸壁で重労働を科せられた。春には樹木の新芽を食べて飢えをしのいだ。祖国の土を踏むまでは死ねなかった。厳しい冬を4度越えたとき、ソ連兵が突然、日本への帰還命令を告げた。故国へ向かう船から、朝霧にかすむ緑色の本土を見たとき、ぼろぼろと涙がこぼれた。

=2014/08/15付 西日本新聞朝刊=

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