【終戦8・15の証言】「英霊よ平和と繁栄を」

温水 重雄さん(89)=宮崎県小林市

 18歳。戦場に勇んで行った。年を取った召集兵と違い、われわれは少年通信員だという自負があった。配属先はラバウル(パプアニューギニア)。長男だから「嫌だ」と言えば、内地に残れたのかもしれない。同期はみんな前線に出ていたし、どこでも良かった。

 その2年後、終戦を告げられた。米軍のトラックに乗せられ、別の島で捕虜となった。そこで米軍の重機や食料の多さを見て実感した。これじゃあ勝てるはずがない。日本をけなす気持ちはなく、日米の物量の差を突きつけられた。

 7カ月抑留され、1946年に復員。靖国神社に参拝したときには「英霊よ、祖国の平和と繁栄を守りたまえ」と願った。戦争を礼賛するつもりはない。最近、イスラエルの戦争をテレビで見ると、惨めなもんだと思う。私たちも軍国主義で教育されて、同じようなもんだったと。


=2014/08/15付 西日本新聞朝刊=

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