【動画】電力、通信が途絶、2日後救助された男性の記録 秋吉さん(1)【福岡県朝倉市黒川地区】

 「身動きが取れなくなって、電力も通信も途絶えたまま、2日間ですね」

 昨年7月の九州豪雨。福岡県朝倉市の秋吉豊徳さん(61)は、自動車で通行中に豪雨のために寸断された道路を進むことができなくなり、市内の実家で救助を待った。その間、自身のスマートフォンで、濁流が押し寄せる様子とそのつめあとを、動画を中心に120点以上を収録した。西日本新聞に提供したものの中から、15点を公開する。

 昨年7月5日、市中心部に近い同市堤の自宅から車で20~30分離れた同市黒川の実家を所用のために妻と訪れた秋吉さん。午後2時すぎ、自宅に戻ろうとしたが、すさまじい雷雨であっという間に田畑に水があふれ、道路が冠水してきた。

 帰宅をあきらめ、実家に戻ったが、雨足は強まる一方で、自宅前の坂道は急流のようになり、庭もあっという間に水浸しに。

そして少し離れたところに流れる黒川の様子に、驚いた。「小さな川のはずなのに、筑後川みたいな濁流だった」。

 午後4時ごろ、雨が少し治まったので外に出ると、本来は川幅が10メートルもないほどの黒川が何倍にも広がり、2014年に地域おこしの一環で設置された水車も、川沿いの田畑も流されていた。


自宅は完全に停電。スマートフォンの電波も届かなくなってしまい、実家に残った秋吉さん夫婦や両親らは、ろうそくをともして明かりを確保しなければならなかった。家はプロパンガスなので、火を使うことはできたが、水道は使えず、屋根に備え付けていた太陽温水器の水で米を炊いた。冷蔵庫の中は全部だめになってしまった。

 翌日、7月6日朝には雨はあがっていたが、黒川は依然茶色の濁流で、田畑は押し流され、大量の流木が橋に引っかかったり、浅瀬で行き場をなくしたりしていた。

「ああ、と呆然とするしかなかった」。晴れていても、電気も電話もまだ繋がらなかった。

 母校の黒川小学校は、川以上に大量の流木で埋め尽くされていた。


自分たちの学年が卒業制作で寄贈した水飲み場も、無残に壊れていた。校舎の前では、なお濁流が勢いよくながれ、川沿いの住宅が損壊していた。


 7日、ラジオから「自衛隊のヘリが救援に向かう」という放送が聞こえてきた。うちにも来るかと思っていた。午後になって、濁流に流された田畑の跡にヘリコプターが降りてきて、自衛隊員が近くのコミュニティセンターに来た。秋吉さん一家は隊員に救助をお願いし、ヘリに搭乗。無事、同市内の丸山公園にたどり着いた。最短では4、5分も飛べば付く距離だと思っていたが視界が悪く、隊員も地図をみながら高速道路を目印に、ぐるっと回ってようやくたどりついた。

 停電の中、秋吉さんは乗用車からスマートフォンを充電しながら、多くの動画と画像を撮った。「撮っちょかないかんやろうな、と思ったんやろうね。確かにいい景色じゃない。だけどきれいな雪景色とかならいつか撮れる。だからこういう(災害は)撮っておかないと、と思った」と振り返る。「後になると、みんな忘れてしまうから」。災害後、被害が大きかった朝倉市杷木方面の画像や動画は多い一方、黒川地域の記録はほとんど残っていないと感じた。

 地元の森林組合で37年間働き、古里の山に親しんできた秋吉さんは、今回の災害に「山の手入れも、あんな雨がふればどうしようもない」と話す。復興に向けて進み始めた地域に、もう大きな水害がないことを祈っている。

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