【御三家筆頭 尾張徳川家の至宝】<1>尾張徳川家の成立 初代は8歳で国主

「徳川義直画像(模本)」(1937年、徳川美術館蔵) 拡大

「徳川義直画像(模本)」(1937年、徳川美術館蔵)

 尾張徳川家初代義直(1600~50)は徳川家康の九男として生まれ、1607(慶長12)年にわずか8歳で尾張国主となりました。当初は家康から付属された重臣たちによって領国運営が行われ、家康の主導で10年から居城、城下町を清須から名古屋へ移す「清須越(きよすごし)」が開始されます。

 天守に金鯱(しゃち)をいただく名古屋城は14年に完成し、15歳になった義直はこの城から大坂の陣へ初陣しました。成人した義直は17(元和3)年から親政を始め、尾張国のみならず、美濃国や信濃国木曽の河川・山林も含む61万9500石の広大な領域を支配しました。

 二代光友(1625~1700)は、義直の跡を受けて尾張藩政の確立に尽力します。光友と三代将軍家光の長女・千代姫との婚礼は、将軍家と尾張徳川家の威信を示す絢爛(けんらん)豪華な盛儀でした。

 この時に製作され、将軍家より持参された婚礼道具が、国宝「初音の調度」です。三代綱誠(つななり)(1652~99)、四代吉通(1689~1713)の時代までに領内と城下町の整備、法や支配体制の確立が計られます。

 なお、徳川美術館の什宝(じゅうほう)の中核である家康の遺産「駿府御分物(すんぷおわけもの)」は、家康没時に義直へ譲られた家康遺愛の品々です。「駿府御分物」は尾張徳川家にとって特別な宝物として名古屋城内で保管、管理されました。
(徳川美術館学芸員・原史彦)

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 九州国立博物館で開催の「尾張徳川家の至宝」展から、同家の歴史と主な展示品を紹介します。


=2013/10/10付 西日本新聞朝刊=

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