「絶対いかん」3児死亡事故が変えた飲酒意識 加害者も被害者もゼロへ

 「平成」が間もなく終わろうとしている。テクノロジーの進化で暮らしが豊かになり、多様な価値観が受け入れられるようになった一方で、数々の事件が起きた時代でもあった。九州では2006年(平成18年)、飲酒運転の車に一家5人が乗った車が追突され、幼児3人が死亡する事故があった。この事故は私たちに何を残したのか。当時取材した西日本新聞の記者が、再び現地を歩いた。

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 時計の針が午後11時を回り、翌日の朝刊用の出稿作業が一段落したころだった。「東区の海の中道大橋から車両転落」。消防局の出動情報が西日本新聞社会部に飛び込んできた。「幼児複数名、CPA(心肺停止状態)」…。深夜の編集局に怒号が飛び交った。

 2006年8月25日午後10時48分。福岡市東区・志賀島でカブトムシ採集をした帰りの一家5人が乗るRV車に、市職員の男=当時(22)=が運転する車が追突。男はスナックなど2軒で友人らと酒を飲んだ後、ドライブ中だった。RV車はガードレールを突き破り約15メートル下の海に転落した。

 自力で脱出した母は暗い海に幾度も潜り、沈んでいく車中から3歳の次男と1歳の長女を救出。残る4歳の長男も助けようとした。だが、次男と長女を抱えた夫がおぼれかけていることに気付いて断念した。

 私が向かった搬送先の病院では、父親=当時(33)=が息子の名を何度も叫んでいた。私と1歳違いで、子どもの年齢も近い。デスクに電話で状況を報告しながら、声が震えた。

 父母の必死の行動にもかかわらず、長男も含めきょうだい3人が亡くなった。

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 「当時は自分も子育ての真っ最中。亡くなった3児の写真を見るのがつらくて、ニュースから目を背けがちだった」。同区で看護師をしていた山本美也子さん(50)は振り返る。

 5年後の2011年。高校1年の長男寛大(かんた)さん=当時(16)=が車にはねられ帰らぬ人となった。加害者が飲酒運転だったと知り、真っ先に浮かんだのが3児の事故だった。「あのときなぜ一人の母親として自分も飲酒運転撲滅の声を上げなかったのか」と悔いた。

 山本さんはマスコミの取材も努めて受け、飲酒運転ゼロを訴える講演は1000回を超えた。その間も市や県職員、警察官らの飲酒運転は続き「心が折れかけたこともあった」が、飲酒運転を巡る世の中は少しずつ変わった。

 3児死亡事故を受け、07年9月、運転すると知りながら店で酒を出したり車を貸したりした人も罰する改正道交法が施行された。全国でも悪名高かった福岡県内の飲酒運転事故は、06年の650件から昨年は5分の1以下に減少。飲酒運転事故の死者数は、統計開始以来初めてゼロになった。

 当時の県交通対策課長補佐で、俳優の田中好子さんらが出演して飲酒運転撲滅を訴えるCMを企画した元警察官の中川正衛(しょうえ)さん(66)=同県遠賀町=は「福岡の県民性が(飲酒運転は)『ちょっとぐらい、いいくさ』から『絶対いかん』に変わってきた。風化させないための教育が大事」と力を込める。

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 元市職員の男は、危険運転致死傷罪などで懲役20年が確定。現在も刑務所で服役している。

 同県飯塚市の男性(53)は事故を知り、まず加害者のことを考えたという。「彼の人生はこれからどうなるんだろうって」

 自身も公務員だった21歳の時、福岡市内で飲酒運転事故を起こした。仕事も、やがて家庭も失った。「運が悪かったとずっと思っていた」と打ち明ける。飲酒事故のことは周囲にひた隠しにして生きてきた。

 考えが変わったのは5年前、山本さんの講演を聴いてからだ。「飲酒運転の根絶に行動することが本当の償いだと気付いた」。現在は県断酒連合会の事務局長を務め、アルコール依存症などの患者や家族に自身の体験を赤裸々に語る。「飲酒運転事故件数は下げ止まっている。厳罰化だけでなく、この先は依存症などの問題を抱えた人の支援が欠かせない」と男性。

 山本さんも、活動を続ける中で変化があった。「飲酒運転で未来を奪われるのは加害者も同じだと知った。目指すのは加害者も被害者も出さない社会」。思いが重なった。

 3児の十三回忌を迎えた先月25日の深夜、私は事故現場を訪れた。にっこり笑う子どもたちの写真が載った本紙のカラーコピーが橋の欄干に張られ、花束や菓子が供えられていた。

 今年に入り、九州7県では既に180件の飲酒運転事故が発生(6月末現在)し、15人が命を落とした。

 加害者も被害者もゼロへ、私たちにまずできるのは3きょうだいを決して忘れないことだ。3人の笑顔に手を合わせ、誓った。

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 この記事は、西日本新聞とYahoo!ニュースの共同企画による連載です。「平成」という時代が終わる節目に、事件を通して社会がどのように変わったかを探ります。記事・写真は2018年9月9日時点のものです。
 

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