美と格式<中>「尾張徳川家の至宝」展

国宝「初音蒔絵貝桶」のふた。ウグイスや髭籠などが見事な技法で表現されている(11月10日まで展示) 拡大

国宝「初音蒔絵貝桶」のふた。ウグイスや髭籠などが見事な技法で表現されている(11月10日まで展示)

東京・秋葉原は初音ミクに満ちている 初音蒔絵鏡台。化粧道具一式を収める。細かいところまで美しい細工が施されている(展示期間は11月12日~12月8日) 初音蒔絵貝桶。徳川家の葵の紋がひときわ目を引く(11月10日まで展示)

 ■国宝「初音の調度」 究極の“2次創作” 
 空模様は一点の曇りもなくうららかで、世界有数の電気街を歩く人たちの姿ものびやかに見える。ましてアニメやゲームを扱うショップの、女性キャラクターをディスプレーした店頭をはじめとして見所が多く、メイド服姿で着飾った女性たちの様子は、語り伝えるにも言葉が足りそうにない。

 などと「源氏物語」23帖「初音」の冒頭をまねて、東京・秋葉原を描写したのには訳がある。“あの娘”の姿が気になって仕方ないのだ。ビルの壁から街頭ののぼり、ショーケースに並ぶフィギアまで。“あの娘”はアキバ中にあふれている。

 初音ミク。

 音楽制作ソフトのパッケージに描かれた「キャラクター」として誕生し、世界中にファンがいる仮想アイドル歌手だ。もしかして初音ミクと源氏の「初音」との間に何かつながりがあるのではないか、と考えた。

    □    □    

 源氏の「初音」は、光源氏36歳の正月の話である。源氏と明石の君との間に生まれた姫君は、ゆえあって母と一緒に暮らせない。そんな姫君の元に、母から正月の贈り物と一緒に和歌が届く。「年月を松にひかれて経る人に今日鴬の初音聞かせよ」。ウグイスの初音(初鳴き)にこと寄せ、娘からの便りを待つ母の情愛に満ちた歌だった。源氏は姫君に返歌を促した。

 若く美しい姫、初々しい歌声‐源氏「初音」にちりばめられたモチーフは、そのまま初音ミクの公式プロフィル(16歳で声質はチャーミング)と重なるのだが…。

 ソフトを制作したクリプトン・フューチャー・メディア(札幌市)によると、「初音ミクの名前の由来は、『未来から初めての音がやってくる』。源氏物語とは関係ありません」。否定された。

 それでも初音ミクと源氏「初音」は似ている…と思う。強弁かもしれないが、「2次創作」というキーワードを両者の間に置けば一目瞭然だ。

 原典(1次創作物)を基に、別のクリエーターが新しい作品を制作する2次創作は本歌取り、オマージュ、パスティーシュなどさまざまな名称で古くから行われてきた。

 初音ミクが現代の代表。もともとはパソコンに詞と曲を入力し、「初音ミク」に歌わせる音声合成ソフトである。そこから生まれた初音ミクの“オリジナル曲”はネット上にあふれた。クリプトン社は、非営利で一定の条件下ならイラストや動画の制作、発表を自由としたため、世界中のクリエーターが初音ミクを使った表現を続けている。

 いにしえの代表は「源氏物語」だ。絵巻をはじめ歌舞伎、現代音楽、舞台、小説、映画‐。やんごとなき人々の恋物語は、千年以上にわたってクリエーターを刺激し、新しい作品を生み出してきた。「初音」の帖だけとってみても、梅とウグイスのモチーフが着物にデザインされるなど2次創作の素材となっている。

    □    □    

 源氏「初音」の2次創作のうち最も華麗で、最も貴重なのは徳川美術館収蔵の国宝「初音の調度」だろう。徳川三代将軍家光の長女千代姫が、尾張徳川家二代光友に嫁いだとき持参した婚礼道具で、貝桶(かいおけ)、手箱、鏡台など47件の道具が「初音」にちなんだデザインで統一されている。

 源氏「初音」は、めでたさを満載した帖だ。「その日は小松を引き抜いて長寿を願う『初子(はつね)(正月最初の子の日)』。初音に通じます。しかも縁起がいいとされる子の年の正月で、吉祥の意匠があります」と九州国立博物館の川畑憲子主任研究員。将軍家の婚礼調度にふさわしいテーマである。

 夫婦愛の象徴、合貝(あわせがい)を入れる貝桶に注目してみる。御殿や池、小川が流れる情景、松や梅、ウグイスなど「初音」に登場する重要な要素が蒔絵(まきえ)の技法を駆使して描かれている。「年月を‐」の歌も、文字と絵を組み合わせる葦手(あしで)という手法で表現されている。

 「奈良時代より始まる蒔絵の歴史を、集大成した傑作」と、秋田市立千秋美術館の小松大秀館長(元九博学芸部長)は絶賛する。文様を立体的に浮かび上がらせる高蒔絵、全体に金粉を濃く蒔き詰めた梨子地など漆の技法に加え、珊瑚(さんご)や螺鈿(らでん)をはめ込んだ象嵌(ぞうがん)という工芸の技術も用いた。「あらゆる装飾の技を包含した」(小松館長)究極の2次創作といえる。

 最高の技術と素材で、最適な物語を映し込んだ初音の調度。それが2次創作である限り、原典にないクリエーターの独創が埋め込まれている。小説化され、動画化されることで新たな人格や世界を与えられる初音ミクと同じだ。

 代表例は「留守文様」の手法である。初音の調度には源氏も姫君も、明石の君も人物は一切描かれていない。松やウグイス、贈り物を入れる髭籠(ひげこ)などのモノで登場人物を暗示するのみだ。初音の調度に限らず工芸作品でよく使われたれた手法だが、「人物を直接描くより、想像力をかきたてる。調度を見る人は自分なりのイメージで、源氏の姿と初音の物語を浮かび上がらせたのでしょう」と小松館長は言う。

 「作り手の想像力が、『初音』の物語に出てこないものまで表現しています」と指摘するのは、元徳川美術館研究員で鶴見大文学部の小池富雄教授(漆工史)だ。金星や雪が、化粧品を入れる旅眉作箱(たびまゆつくりばこ)などで確認されているという。両者は源氏「初音」に出てこない。「金星は、源氏が明石の君の元で一夜を明かしたことに着眼し描いたのでしょう。正月、明けの明星として見えることを熟知した人のクリエーティブな表現です。雪も冬の意匠として取り入れたのでしょう」

 優れた美術作品に触れると、心が動かされて別の何かをつくり出したくなる。源氏「初音」も初音ミクも、そんな人間の性が普遍であることを教えてくれる。

    □    □    

 結局、初音ミクと源氏「初音」を結ぶ確たるつながりは見えなかった(はなから否定されたし…)。しかし調べていくうちに源氏は源氏でも、源義経が出てくる歌舞伎「義経千本桜」とつながりがあるのでは、と思い始めた。「義経‐」の重要な小道具は狐の皮を張った「初音の鼓」だ。初音ミクの髪形も狐のしっぽに似てなくてもない。それに初音ミクにはヒット曲「千本桜」がある!

    ×      ×

 ●九州国立博物館、12月8日まで

 12月8日(日)まで、福岡県太宰府市の九州国立博物館で開催。徳川家康の九男、義直を初代とする御三家筆頭の名門大名、尾張徳川家の至宝を受け継ぐ徳川美術館(名古屋市)の名品を紹介する。武具類、茶の湯・香・能の道具類など約230件のほか、国宝「源氏物語絵巻」、国宝「初音の調度」を期間限定で特別公開(会期中に一部展示替えあり)。

 西日本新聞社など主催。一般1500円、高大生1000円、小中生600円。月曜休館。11月4日(月・振休)は開館、5日(火)は閉館。NTTハローダイヤル=050(5542)8600。


=2013/10/24付 西日本新聞朝刊=

PR

PR

注目のテーマ